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第4話

「誠に申し訳ありませんでした!!」 ベッドの上で、優斗は全裸で智紘に土下座していた。智紘もまた全裸のままベッドの上で胡坐をかいている。役が解けた時、優斗の顔は青ざめた。そこから土下座に至るまで10秒もかからないくらい素早い動きを見せた。 「全くだぜ。いきなり襲うわ中出しするわ。相手が俺じゃなく女だったら確実に訴えられて声優生命も終わってただろうな。」 「…返す言葉もないです。」 恨み言をつらつらと告げる智紘に、優斗はますます身体を小さくして萎縮していた。 智紘は、優斗にタオルを渡して風邪を引かないように身体に巻くよう告げると、シャワーを浴びにユニットバスへと行った。 ◇◇◇ 「じゃあ説明してもらおうか。俺をいきなり襲った理由を。」 智紘はベッドの端で足を組みながら高圧的な声で問いかけた。彼も優斗もシャワーを浴びて汗や精液でドロドロになった身体はすっかり綺麗になった。襲われた怒りが洗い流された訳ではないが、少しは頭を冷やすことは出来た。 「…役が、俺に憑依してました。」 「は?」 優斗は顔合わせで初めて会った時と同じくらい小さな声で、そう話し出した。正座をしたまま委縮している姿に、智紘を襲った時の強引さは夢なのかと思うくらいだ。しかし、優斗の発言が理解できず、反射的にドスの効いた声が智紘の口から出てくる。 「ふざけてるとかそういう訳ではないんです!…俺、役が決まったら原作や台本を何十回も読むんです。そうしたら自然と暗記出来まして。頂いた役を演じる時、キャラクターが霊体のようになっていて、俺の身体に憑依するような感覚になるんです。」 優斗の説明に、智紘は息を呑んだ。原作や台本を暗記できる驚異的な記憶力よりも優斗の演じる力に驚いていた。役に憑依するタイプの役者は少なくない。智紘も現場で何度か見ている。けれど優斗の演技の決定的な違いは、相手にも演じる世界へと引っ張って行くこと。優斗に襲われた時、智紘の目の前には彼の演じる広田が居た。そして、つられるように智紘も鷹城になりきっていたのだ。 ―何て才能を持ってやがる…。 智紘は前髪を掻き上げてそう思った。 思えば顔合わせの時に事前に渡された優斗のプロフィールに書かれた出演作は、新人にしては難しい役どころばかり。今回の作品に抜擢された理由を、智紘はようやく理解した。 「あの…、神田さん…?」 「じゃあお前はこれから先、BL関連の仕事が来た時。今日の俺みたいに誰彼構わず抱くのか?」 「それはないです。」 無言になったままの智紘に、おずおずと優斗が話しかけた。人生経験の少ない優斗に自分の知らない内部を暴かれたことに苛立った智紘は、思ったことを口走っていた。傍から見たら嫉妬しているみたいな発言に、智紘は内心で動揺していた。しかし優斗は、真剣な声音で即座に否定する。 「俺は、神田さんに憧れてこの世界に入りました。いつか神田さんと共演出来ることを目標にして頑張って来たつもりです。でも、まだまだ声優として未熟な俺の元にこうして神田さんと共演出来るオファーが来て。とても嬉しかったんです。」 智紘に練習に誘われた時みたいに、優斗は目を輝かせながら智紘を真っ直ぐに見据えていた。そんな熱い視線と熱意の篭った声に、智紘は徐々に優斗を直視できなくなっていた。そんな様子の智紘にさらに追い打ちをかけるように、優斗は言葉を継いだ。 「役に憑かれていたとはいえ、あんなことをするのは神田さんだけです。」 長い前髪で隠れていた右目が露わになって智紘を見据え、優斗の真剣さを伝える。 発した声が、大人の男の色気を纏って聞こえた。

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