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第4話(*)

 ホテルを使わないのは、朱島の数少ない主義のひとつだった。する時は、相手の家にいくか、自分の家に招き入れる。 「おいで。洗ってあげるから」  食事を中断すると、朱島は微笑んだまま、タイチをバスルームへと誘った。あからさまな言い方ならば、意図を間違えようがないだろうという表情を、今、自分がしていることを朱島は自覚していた。 「……はい」  従順にタイチがふらふらと席を立ち、朱島の前にくる。唇の端に微かに、先ほどまで食べていたバゲットの粉が残っていたが、タイチの清潔感のある顔にあるそれは、真っ白なキャンバスに付いた汚れ程度のものでしかなかった。  死神のような黒いジャケットを脱がし、シャツを剥ぐと白い肉体が露わになった。着痩せするタイプらしく、適度な筋肉がついている。跪いてスラックスの前を解き、顔を上げると、タイチは困ったような表情をした。 「朱島さん、俺……」 「静かに」 「ですが……」 「嫌?」  前に触る前に、確認を取る。 「本当に嫌だと思ってる?」 「い、嫌というより……」  どうして俺なんですか、とタイチが喉を震わせたのを見て、朱島はつい、意地悪をしたくなる。 「きみにどこか……惹かれるんだ。全部をあげたくなるぐらい」  昭和公園で、あの夜、タイチからもらった言葉がずっと引っかかっていた。キスすらせず、清らかな付き合い方をしていたのは、最初の一週間のみで、あとは互いの相性を確かめるのに、ほんの少し遠慮があるだけだった。 「きみに応えてほしい。でも、無理強いはしないよ」  下着の前を触る前から、布越しにくっきりと筋が浮かんでいた。その様子を見た朱島は、肝心のそれには触らず、タイチの前に立ち上がった。  すらりとした朱島の身体は、タイチより少し華奢かも知れない。憂いを含んだ誘う視線を目の前の男に向けると、タイチはごくりと喉を上下させ、どこか胡乱な表情で言った。 「触らせて、ください……」 「うん」 「あなたに」 「うん……」  朱島の許可を取り付けたタイチがしたことといえば、そっとジャケット越しの肩を引き寄せ、抱き締めての、耳朶へのキスだった。 「あなたを好きにならせてください」 「……うん」  遠慮がちにそう囁いたタイチの言葉に、朱島は思わず頷いた。誘うこと、誘われることに慣れているはずの朱島が身じろぎもせずに立っていると、タイチは朱島を抱き締め、その頬に頬をすり寄せた。まるで猫のようだった。  同性愛者の朱島にすり寄り、側頭部を擦り付けて甘えるタイチに、朱島は思わず赤面した。心臓が高鳴る。タイチの腕は柔らかく、朱島を包んだ。耳朶、こめかみ、瞼、鼻、頬とキスをされ、期待していた唇を飛ばし、顎にまたキスをされる。 「脱がせても……?」  朱島の誘いに乗り、そんなことをいちいち訊いてくる男はいなかった。頷くと、初めてタイチが朱島に視線を合わせ、笑んだ。 「……っ」 (この、子は……)  可憐な笑みに、朱島は囚われたことを自覚した。人混みにまぎれてしまえば誰からも認識されない男は、同一人物とは思えない存在感を放っている。その手が触れた瞬間、朱島は仰向けに首筋を晒されながら、死ぬかも知れない、と感じた。 「ぁ……」  小さく喘ぎ声が漏れる。  はくり、と息を吐くのと同時に、首筋に硬いものが当たった。熱のような痺れと同時に、噛み付かれたのだとわかる。 「……っ、ぁ」  刹那、皮膚が破れる音を聞いた朱島は、気がつくとタイチに縋り付いていた。 「あなたが、欲しい」  タイチが掠れた声で囁く。  朱島は柄にもなく動揺し、タイチを引き寄せた。腰が立たなくなってしまい、タイチに凭れかかるようにずるずると座り込む。 「タイ……ッ」  名前を呼ぶと、先ほどの傷口にまた口付けされた。流れ出る体液を吸われる、未経験の感覚。砂糖菓子を骨髄に流し込まれたように、全身がわなないた。 「寒い……でしょ?」  タイチは脱衣所の床に座り込んでしまった朱島のネクタイを外し、目を見張る手際でするすると朱島を裸にした。自身も一糸まとわぬ姿になると、バスルームへ朱島を誘う。 「しましょう」 「する……って」  何を、とあどけなく朱島は聞いてしまうところだった。視線を転じると、タイチの雄芯は逞しく上を向いている。それで今からセックスするんだな、とぼんやり悟った。  シャワーを浴びて、まず身体を洗われた。中の処置も、朱島が嫌がると待ってはくれたが、最終的にはタイチに全部されてしまう。泡まみれの身体のどこが気持ちいいかを口に出して吐かされ、タイチに余すところなく愛撫されると、普段、攻めることが多い朱島は、声が嗄れるまで啼かされた。 「……っ、ぁ、ぁ……っ」  普段はそれほど乱れないのに、タイチの愛撫を前にすると、飲み込まれ、食べられるような錯覚があった。散々前戯で泣かされ、立っているのがやっとになった今、ようやくバスルームの壁面に両手を付かされ、背中を向けさせられる。 「……たべて、ください」 「ぅ、ぁ……っ!」  初めてというわけでもないのに、ぐちゃぐちゃセックスの時に言うのは朱島の信条に反した。だから、散々タイチの指が出入りを繰り返した後蕾を、今さら指で拓かされたぐらい、声を殺して耐えるだけの自信があった。なのに、タイチの勃起したそれを擦り付けられた途端、朱島は怖くなった。  大きさや太さの問題もあった。  しかし、これほど相性のいい身体を貪ってしまったら、溺れてしまうのではないかと思った。 「タイチ……ッ」  若干悲鳴めいた朱島の囁きに、タイチは一瞬だけ動きを止めた。しかし、がくがくと震えながらかろうじて立っている朱島の腰を抱くと、タイチは再び繰り返した。 「……たべて」 「ん……ぅ、ぃ、ぅぁ……っ!」  入ってくる。  タイチが入ってくる。  そう思った刹那、首筋にタイチの唇が届いた。先ほど傷ができたであろうその場所に、吸い付いた唇に、強く吸引される。体液が吸われる感触に恍惚となっているうちに、朱島の後孔はタイチの極太を飲み込みはじめていた。 「ぁっ……ゆ、っくり……」 「了解、です……」  半分ほどまできた時に、耳元でタイチが息を吐くのがわかった。朱島は柄にもなく、快楽を追う前に、自分で興奮しているタイチを愛しく感じはじめていた。 「挿入った、か……?」 「もう、少し……」 「あっ、もう……、タイチ、待っ……」 「もう少し、ですから……」  中のいい場所は、タイチにバレている。半分ほどまでおさめてしまうと、今度は小刻みに朱島の弱いところを擦りはじめた。律動に潰されるたびに、朱島は汗ばんだ身体を震わせた。もう限界が近かったが、タイチがまだ全部入れてない。こんな状態で自分だけイくのはマナー違反だと思ったし、少し悔しかった。  タイチの容赦ない動きに、あられもない声が死ぬほど出た。喉はカラカラに乾いていて、身体はしんどいはずなのに、快楽を追うことしか考えられなくなるほど、中はぐじゅぐじゅになっていた。 「タイ……ッ、もう、イく、から……っ」 「……っもう、少し……」  タイチはさっきからそればかりだ。 「だめ、もう、限界、だか、ら……っ」  朱島があられもなく訴えても、タイチは全部入れないままだった。半分ほどでも径があり、苦しいほどだったが、自分だけ快楽を追うようなセックスは朱島の趣味ではなかった。 「入れ、て……っ、ぜんぶ、……ぁ!」  ついに口走ってしまった言葉に応えるように、次の瞬間、タイチはズッと腰を入れた。 「ぁあぁぁっ……!」  入ってくる。  中のまだ未踏の場所へ、ぐぐっとタイチの先端が達した刹那、朱島は白濁を壁へと放っていた。 「はっ……、はぁ……っ、ぁ、ぁあっ……!」  足はもうとっくに、力が入らなくなっていた。朱島が崩折れるのを見越したタイチが、壁と自身の間に朱島の身体を挟んだせいで、勃起した先端がバスルームの冷たい壁面に擦れてしまう。媚肉が、悦楽に反応して無意識のうちに収縮を繰り返し、タイチを締め付けてしまった。それが呼び水となり、タイチが腰を回すように使ってきた。 「きもち、い……」  言って、タイチは朱島の耳朶を噛んだ。 「もう少し、いいですか」 「んっ……」  タイチに尋ねられたが、それは確認だった。まだ出していないタイチの我慢が伝わってきて、朱島は水と汗にまみれた頭をこくこくと数回、縦に振った。  しかし、少しだけ、自分の限界が終わるまで待ってくれと口を開きかけた刹那、タイチが腰を大きくグラインドさせた。 「ぁあっ!」  あられもない声が、バスルームに響いた。タイチの律動が、これまでにない激しさではじまる。バスルームの壁に縫いとめられたまま、高みへ放り投げられたさらに向こう側に押しやられはじめる。先端の部分だけを残して腰を引いたかと思うと、先ほど開拓されたばかりの場所めがけて、思い切り腰を入れられる。何度も何度も繰り返されるたびに、朱島は嬌声に近い声を上げさせられ続けた。 「あっ……、もう……っ!」  さらなる快楽を極めようと身体がわなないている。限界がきて、目の前が真っ白になった朱島があえかな声を上げたのとほぼ同時に、中へと突き入れたタイチが、重ったるい精液を零したのがわかった。  熱い白濁が、朱島の中に塗り込められる。発射した直後に、さらに押し上げられて、朱島は出すものもないまま、もう一段、さらなる高みへと達した。 「はっ……はぁ、っ……は、ぁ……っ」  何の言葉も出てこない、目の前が真っ白に塗りつぶされるような快感だった。半ば気を失ったような状態がどれぐらい続いたろうか。気がつくと、タイチが朱島の身体を抱きかかえていた。 「……すまないが、寝室まで連れて行ってもらえるかな……?」  視界が濁った状態で、朱島は、自分がどんな顔をしているのかすらわからなかった。ただ取り繕うようにタイチを見て笑むと、「了解しました」といつもの口調で言われ、少しだけホッとした。

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