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2.恋は下心愛はなんちゃら
―――目を覚ませば、そこは陸地だった。
波の音と、まとわりつく砂の不快さ。
でも一番違和感を覚えたのが自らの身体の半身……そう主に下半身だった。
「大丈夫か?」
「!?」
力なく薄ら開けた目に飛び込んできたのは、男の顔だ。
……だれだ。この人。
男はじっと僕の顔を覗き込んでいる。
僕もそこから視線が外せなくなって、なぜだかお互い奇妙な見つめ合いが数十秒。
「テメェ、名前はなんて言う」
(僕は……っ、あ!)
「なんだ、話せねぇのか?」
声が出ない。かすれ声すら、その声帯を震わせる事は叶わず。ヒューヒューと木枯らしのような息が虚しく通るだけだ。
「そうか」
男は何かを納得したのか、再び僕をジロジロ見始める。
この男、一体どこを見ているのかと視線を追うと。
(なっ!?)
僕の身体、主に下半身を露骨に見ているじゃないか!
そこにはその、二本の足があって。その間にはええっとその……アレが、うん。初めてちゃんと見たけど、結構グロテスク。なんか怖い。
思わず手で隠したら、男がニヤリと笑う。
(う……この人、変態じゃないの)
僕は恋焦がれた彼女に逢いに来たんだ。
決して、こんな変態男に視姦される為に素っ裸でここにいるんじゃあないぞ!
精一杯睨み付ければ、頬を撫でられ思わず飛び上がる。
(え、な、なになに、怖い……人間、怖い!)
すっかり腰を抜かした僕は意味不明な行動をするこの男から距離を取ろうと、ズリズリと砂浜を這いずった。
―――僕は、結局アルを拝み倒して魔法の妙薬を飲んだ。
人間の身体になるという引き換えに、その声を失って。
……更にはこの恋が成就しなければ、僕は泡になって消えてしまう。
別に自信がある訳じゃなかった。ただ、このまま何もせず諦めるには彼女は美しすぎたんだ。
だからもし泡になってしまっても、後悔はしないだろう。
「テメェ、結構可愛い顔してんじゃねぇか」
(ヒッ……!)
グイッと顔を近づけてきた男に、出ない声で悲鳴をあげる。
……男は、驚く程に整った顔立ちだった。黒い髪にすみれ色の瞳。少し厚めな唇。
そしてその身体も逞しく筋骨隆々。腕っぷしも今まで見てきたどんな男より強そうに見える。
「今から屋敷に連れて帰るぜ。……っと」
(う、うわぁぁぁあッ!)
突然荷物のように担ぎあげられた、全裸の僕。
当然バタバタと足を動かし抵抗するが。
「おい、大人しくしろよ。……握り潰されたくなきゃ、な」
(ににに、握り潰す!?)
尻臀から性器部分のふにゃふにゃとした丸いアレ……それを、やわやわと掴んで揉みほぐすような動きをする。
途端、ぞわわわっと冷や汗伴う悪寒を感じて泣きそうな気分になる。
絶対痛いと分かってる事を今からされる時のようだ。
恐る恐る抵抗を止めた僕に、男は。
「良い子だ」
と悪魔のような笑みを浮かべた。
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それからはもう、あっという間。
風呂とかいう熱い湯に茹であげられるわ、全身を泡まみれにされるわ。
再び湯に浸されて『そろそろ食われるのか』と観念した頃に、ようやく取り出されて水気を拭き取られた。
「……なにしてんのよ」
素っ裸の僕と沢山の布(服っていうんだってね、これ)を目の前にうんうん唸る男を、部屋に入ってきた人物が訝しげに声をかける。
(あっ!)
僕は目を見張った。
……彼女だ。見間違えるはずもない。美しい容姿に豊満な胸。
い、いや胸は良いんだけどね! アルじゃあるまいし。
とにかく喜びと感動に息を零し彼女を見つめる。
「お兄様、いやライアン……アンタまさか……」
僕と男を見比べる、彼女の美しい顔がみるみるうちに険しいモノになっていく。
「奴隷を買うなんてっ……この鬼畜野郎! 死ね!」
吐き捨てた言葉と共に男に飛びかかる彼女。
(えっ? えっ? な、何!?)
「……ふん」
拳を振り上げて殴ろうと走り込む彼女を、男は鼻で笑うと逞しい手で造作も無く薙ぎ払う。
軽く吹っ飛んだ華奢な身体は、固く冷たい床に叩き付けられる前に咄嗟に飛び出した僕が抱きとめた。
(よしっ、ナイスファイト! ……てか女の子って何!? すごくいい匂いするぅぅッ!)
紳士としてはどうかと思ったけど、腕の中の想い人はやっぱり柔らかくて軽くて最高。
人間になって良かった……ありがとう、アル。初めて君に感謝と尊敬の念を抱いたよ!
「ルイーズ。テメェ何を勘違いしてんのか知らねぇがな。こいつは今朝海で倒れているのを俺が発見して連れてきたんだぜ」
「そ、そうなの……? 私はてっきりお兄様がどっかからか攫ってきたか、奴隷市場で買ってきて性奴隷にするのかと」
(せ、性奴隷!?)
「ほらお兄様って、この歳になっても恋人ひとつ作らないから……もうそっちなのかなって。それに、いつかやると思ってたわ、性犯罪」
(ちょっ、この男、妹さんに思い切り性犯罪者扱いされてるよ!? いやいや、彼少し頷いてるし! 自供してない? これ)
「やれやれ。テメェは早とちりでいけねぇな。こいつは喋れないらしい。だから屋敷に連れて帰ってきたんだ。それに素っ裸なのは元々だぜ。まぁさっき、じっくりねっとりしっぽり洗ってやったが……」
「興奮してんじゃねーわよ、この変態野郎!」
彼女はそう叫ぶと男の膝に足蹴りを食らわした。
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