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10 愛の女神様【完】
「どうして」
「どうしてじゃない」
「なぜ」
「なぜでもない」
家の鍵、なんで。
俺しか持ってないのに。
「そんな事か。αに不可能はないよ」
強引だ。無茶苦茶だ。不合理だ。
「強引でも無茶苦茶でも不合理でも、君に会いたかったんだ!」
もう………
「離さない」
熱い唇が触れた。涙の跡をを舌先が拭う。
「私は嘘つきだね。『そんな君は嫌いだ』と言ったけど、一番嫌いなのは私だよ。君を泣かせてしまったから」
うなじに顔をうずめる。
「私の付けた痕、まだ消えていないね」
俺からは見えない場所。
Ωのαへの愛がなくなると、うなじの痕が消えるというけれど……
「ありがとう」
唇が花びらを散らした。
うなじの痕を慈しむように。
「崇道 さん!」
たまらずあなたの名前を呼んだ。
ずっと、ずっと、ずっと……
我慢していて。
ずっと、ずっと、ずっと!
呼びたくて呼びたくて、どうしようもなかったあなたの名前。
胸があったかい。
ようやく呼べた。
本物のあなたに呼びかけられた。
あなたの名前を紡いだ唇を、あなたと早く重ねたい。
けれど………………
「俺はあなたを裏切っています」
「なぜ、そんな事を言うんだい?」
俺は嘘つきだ。
都合の悪い事、隠してる。
「お見合いするんだ」
行きたくない。
けれど、断れなかった。
(断らなかった……)
俺は、あなた以外の人と……
「君は見ていないのかい?」
髪に唇の温もりが降りた。
「見てごらん。見合い写真を」
どうして、そんな事を言うんだろう?
いぶかしげに思いながら、クローゼットの奥から引っ張り出した白い冊子を開いた刹那……
鼓動が撃ち抜かれた。
「うそ!」
「嘘じゃない」
「でも」
「でもじゃない」
「だって」
「だってじゃないよ」
頭をぽんぽん
大きな手に撫でられた。
「君が、なかなか来てくれないから迎えに来たよ」
スーツに身を包んだ写真のあなたがいる。
お見合い相手は、崇道さん!!
「周囲を説得するのに時間がかかってしまった。すまないね」
なんで、あなたは!
あなたという人は!
あなたは恭しく跪く。
「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しき時も、富める時も、貧しき時も、命ある限り真心を尽くし、君を愛し慈しむ事を誓うよ」
左手の薬指に、あなたは口づけを落とした。
茜の瞳にダイヤモンドの涙がきらめく。
愛を誓う明けの金星 だね。
《fin》
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