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第6話
毎日毎日、丸の数は順調に増えていった。リヅィアとディノの毎朝の実験時間は継続していて、僕の肛門にはリヅィアの人差し指が入るようになっていた。
縛り方は、少し変わった。手が解放された。代わりに膝の内側に長い棒を挟まれそこで、股を開いた状態で固定されるようになった。
大抵は、リヅィアが頭側を陣取り、僕を抱きすくめるようにして、脇腹やら乳首やら陰茎やら後孔やらを好き放題にいじる。
前屈みの姿勢は苦しいし、視界が狭くて怖い。初めてリヅィアの太い指が入ったときには、思わず刺激を送ってくる張本人であるリヅィアの腕にしがみついてしまった。期待をしていたわけではないが、行為が止まることはなく、むしろ激しくされた。
毎日毎日、先生もディノも初日からずっとあの調子だ。まるで洗脳のようなアウール人についての講義を受け、浴槽でその日の実験の復習を受ける。そして、泥のように眠る。ああ、忘れずに、紙の上には丸印を書く。
毎日毎日、毎日、毎日、毎日がそんなふうにされて過ぎていく。身体は段々とその調子に慣れていった。
「今日はこれを準備してきた」
リヅィアが得意満面に僕に見せてきたのは、男性器の模型だった。半透明で紫色をしていた。促され触れてみると、木のように固いわけではなく、綿のように柔らかいわけでもなく、少しの弾力性がある不思議な素材をしている。これをどうするのか。
嫌な予感がした。
「無理です」
「まだ何も言っていませんよ」
ディノが湯の注がれた桶と布、油の入った小瓶を持ち、部屋に入ってきた。寝台の傍ら、台の上に置き、僕の手から張形を奪い取る。それを桶の中につけ、揉み始めた。
「無理、無理です」
「キール、今日は後ろを向こうか。そう、顔を寝台につけて。ほら、枕を抱くかい? その方が楽らしい」
「嫌、無理、無理です。無理です。やめて下さい」
「大丈夫、ダール人の間では男性同士の性行為は男根を肛門に埋めるものだと書いてあった。ちなみにこれは、ヤックという動物の勃起時の男根を模してみた」
随分とご立派なモノをお持ちなのですね、そのヤックとやらは。リヅィアの人差し指の3倍はあるようだった。
膝を割られ膝を固定された状態で2人に背中を向ける。言われた通りにするしかなく、枕に必死にしがみついた。尻を突き出すような姿勢が今更ながらに恥ずかしい。
「特殊な素材でできていてな、湯でふやかすともう少し柔らかくなる。芯はしっかりしているから、中で弛むこともない。我が国随一の職人の手によるものだ、安心していい」
もはや返す言葉もありません。
枕に顔を押しつけ嗚咽を堪える。怖い。本当に怖い。リヅィアの人差し指にようやく慣れてきた段階だというのに、いきなりそれはない。怖い。嫌だ。いつ始まるのか見えないのも嫌だ。怖い。
「後ろを解しておこうか。いきなりは無理だろうから」
リヅィアは、小指からゆっくり挿入を始めた。何度も出し入れし、指を次第に太くしていく。陰茎にも触れ、前を勃たせた。
後ろで「できました」とディノが言った。背筋が震える。怖い。いよいよか。生暖かいものが窄まりに触れた。ツプと先端が中を割り開いていく。
「キール、ほら、息を吸って、吐いて」
苦しさと痛みから逃れたくて、言われるがままに呼吸を繰り返した。吐くと同時に、ズズと張形が奥に進んでくる。嫌だ、嫌だ、無理だ。やっぱり無理だ。
リヅィアは寝台に腰掛け、僕の背を撫で頭を撫で、ときおり、耳元で声をかけてくる。ということは、恐らく、動かしているのはディノだ。それがまた怖い。ディノは集中すると周りが見えなくなる傾向にある。本当に正真正銘、僕のことを実験用の虫だと思っているのだろう。気も長い方じゃない。
予感は的中した。
「ん――っ!」
身体が裂かれるようだった。一気に張形が進んできたのだ。視界が真っ暗だ。チカチカと星が瞬いている。
助けて。
「レノ」
レノ、助けて。怖い。痛い。レノ、レノ。
僕の意識はそこで途絶えた。
レノ。
***
目を覚ます。すぐに自分以外の体温に気がついた。リヅィアがいた。分厚い胸板しか見えないが、規則正しい呼吸から、恐らくは眠っているのだろうと推測する。
足の拘束も解かれていた。服も着ている。窓から覗く空は赤かった。
リヅィアから離れようとするも、がっちり両腕で抱かれていて叶わない。
「――起きたか」
起こしてしまったか。長い溜息を吐く。
「離して下さい」
「嫌だ」
「僕に触らないで下さい」
「嫌だ」
「何ですか、朝の実験の続きをするつもりですか」
「なんだ、実験とは」
「自覚がなかったとは驚きですね。毎朝毎朝、人の身体で好き放題しておいて」
「実験のつもりはない。ただ、キールの色んな表情を見たいと思って」
「表情? 前にもそんなこと言ってましたけど、違うでしょう。あなた達はただ単に、どこをどうしたらどういう反応を示すか知りたいだけでしょう。チテキタンキュウシンとやらを満たしたいだけなんでしょう」
「そんなつもりはない。――少ししか」
「少ししか、ね。とにかく今日はもう勘弁して下さい」
「も、もとから、続きをするつもりはなかった! ゆっくり身体を休めてほしい。その、すまなかった」
別に、殴られたとしてもよかった。やけくそな気分だった。
寝起きで気が緩んでいたせいだろうか、顔が見えないせいだろうか、自分でも驚くくらいぽんぽん言葉が飛び出した。そして更に驚くことに、リヅィアはそのどれにも怒ったりはしなかった。それどころか、僕に謝ってきた。
首を逸らす。リヅィアの赤い瞳がこちらを見ていた。眉は八の字に下がっている。「すまない」ともう一度言われた。
「キールの泣き顔が可愛くて、夢中になってしまった。無理をさせた。すまなかった」
可愛い? 珍妙な虫の泣き顔が珍しいだけだろう。
「離して下さい」
「い、嫌だ」
「あなたがいると怖くて休めない」
「すまなかった。だから、もう少しだけこうさせておいてくれ」
えらく低姿勢だな。希少な実験体に拗ねられると困るのか。例え僕が泣こうがわめこうが、関係なくコトを進めてきたくせに、どういうつもりだろう。
トクトク、リヅィアの心臓の音が触れ合っている部分から響いてくる。強く、早い。
「キールは、レノのことが好きなのだな」
「はい」
前にも同じことを聞かれたな。レノの話題は地雷なのではなかったのか。
「こ、恋人同士だったりするのか?」
「ありえません。レノは男です」
「男同士でも性行為はできると書いてあったし、そういった関係もそう珍しくはないそうだが」
「そうですね。けれど違います。僕はレノに救われたんです。僕の生まれた家は貧しくて、僕はすぐに奴隷商に売られました。買ってくれたのがレノの家です。レノは僕に優しくしてくれました。怒鳴られたこともない。僕を、守ってくれました」
僕を気に入ってくれていたようだった。奴隷商から解放されたのも、レノが僕を欲しがってくれたからだ。身体の丈夫ではなかった僕を、レノの家族は嫌い暴力を振るったが、レノが何度も庇ってくれた。
『俺は、何があってもお前の味方だから』、そう言ってくれた。初めてのことだった。
「レノは、僕の恩人です」
「泣いている。どうしてだ? 今は何もしていないぞ」
リヅィアは慌てたように僕の頬を掌で擦った。それからまた、強く身体を抱きしめてきた。苦しい。
「『レノ』の話を聞いていると苛々してくる」
「自分から聞いておいてなんですか」
「違う。キールに怒っているわけじゃないんだ」
「……宝のことは忘れてくれると、言いましたよね」
「違う、違う。そういうわけじゃないんだ」
でかい図体しておいて、随分と幼い、わけのわからないことを言う。僕にどうしてほしいんだ。
「俺も、キールに助けを求められたい」
いやいや、助けを求めるようなことをしてくるのはお前達だからな。
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