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第7話

 朝、起きてみると足が縛られていなかった。鳥の声と朝陽で目を覚ますなんて久しぶりだ。身体を起こす。部屋には誰もいなかった。静かだ。  どうしたらよいのか戸惑っていると、扉が開いた。ディノかと思いきや、リヅィアが立っていた。皿の乗った木の板を持っている。そそくさと寝台の傍に椅子を持ってくるとそこに座った。僕の方に食事を差し出してくる。それを黙って受け取った。リヅィアが立ち去る気配はない。にこにこと目を細め、こちらを見ている。 「どういうつもりですか」  不老不死とやらになってから、ずっと、実験、授業、散歩、そしてまた実験の連続で時間が過ぎていたため、調子が狂う。  リヅィアはもじもじと身悶えしながら、呟くように言った。 「優しく、したいと思って」  何を企んでいるんだろうか。また新しい実験でも始めたのだろうか。逆に怖い。  「もういいのか」、「だから細いままなのだ」、「何か食べたいものはあるか」、うるさいくらいに世話をやいてくる。  その後の先生からの講義にも同席をしていた。庭の散歩でも隣を歩く。そして、浴槽にも当然のようについてきた。 「後ろを解したいのだが、その、せっかく広がってきたのに、何もしないでいるとまた広げるときにつらいと読んだので」  いやいや、僕の中では広げる予定なんて元からないのですが。  身体を泡だらけにしながらそう言う。今までそんなことを聞いたことはなかったじゃないか。好きにすればいい。かといって積極的に頷く気にもなれず、黙ったまま、リヅィアが動くのを待った。  高さの低い椅子に座った状態の僕を、服を着たままのリヅィアが後ろから抱きしめてくる。汚れるぞ、いいのか。指が、胸を撫で、前側から下へ下へと降りていく。背中を預けるように促され、そうする。肛門の周囲を撫でられ、鳥肌が立った。貫かれた際の痛みが、一瞬で蘇る。 「い、嫌だ。やめて」  咄嗟にこみ上げた声だった。当然こんなことで止まるはずがない。  そう思っていた。 「わかった」  しかし、リヅィアはあっさりと頷いた。泡を管から出る湯で丁寧に洗い流すと、厚みのある布で水気をとり、着替えまでさせてくれた。  夕飯は同じ机の上で一緒に食べた。その後は、部屋まで送ってくれた。「おやすみ」と言い残し去っていく。  目を閉じる前に、紙の上にゆっくり丸を描く。  その日は、眠れなかった。  次の日も次の日も、その次の日も同じだった。リヅィアとともに食事をとり、講義を受け、散歩をし、風呂に入る。実験行為については、誘うことすらしてこなくなった。 「どこか悪いんじゃないか? 食べる量が減っている。ちゃんと眠れているのか?」  寝台に座る僕の身体を横から抱き寄せ、自分の方へ凭れるようにされる。頭を何度も撫でられた。まるで本当に心配をしているような声音で、そう話す。  なんだ、せっかく血を分け与えてつくった珍妙な虫に、衰弱されると困るというわけか。太らせて、体力をつけさせて、あのときよりもきつい実験をするつもりなのだろうか。  ああ、居心地が悪い。 「実験して下さい。張形も使って下さい」  リヅィアの手がぴたりと止まった。 「今度は嫌だなんて言いません。例え聞こえても、無視してくれて構いません」 「すまない、本当に『実験』など、そんなつもりではなかった。無理強いをしたいわけでもない。あのときは、すまなかった」 「謝ってもらいたいわけではないんです」 「とにかく、明日医者を呼んでみてもらおう。ああ、あと、栄養がある食べ物を取り寄せよう。甘いものの方が食べやすいか?」 「いい、いらない。何もいりません。そういう扱い、やめて下さい。頭がおかしくなりそうだ」 「キール?」 「何が狙いですか? 何をさせるつもりなんですか?」  勘違いをしてしまいそうになる。  こいつはあれだ。前に僕に『助けを求められたい』とか言っていた。だから、僕にそういう真似をしておいて、信用させて、それから、何か仕掛けてくる気なんだ。そうだ。そのつもりなんだろう。 「また、何か怒らせるようなことをしてしまったか? 遠慮無く言ってほしい」  そういうのをやめてくれって言ってるんだ。 「するつもりがないのなら、僕はもう寝ます」  リヅィアの身体から離れ、寝台に倒れ込む。背を向け横向きになり、身体を丸めた。奴が出て行く気配はない。  やがて、大きな手が僕の顔の前に置かれた。リヅィアの息づかいが、すぐ耳元で聞こえてくる。 「実験をするつもりはないが、キールに、触れたいとは思う」  なんだそれ。 「キールの泣き顔が見たい」  ほうら、やっぱりそうなんだ。こいつは、僕の反応を面白がっているだけなんだ。 「わかりました。存分にどうぞ。ディノは呼ばなくていいんですか?」  口に笑みを張り付け、仰向けになる。リヅィアが僕に覆い被さるようにして四つん這いになっていた。その圧迫感に、顔が引きつる。怖い。けれど、それを口にしたら、また何もされないまま終わってしまう。  リヅィアの手が、僕の頬を撫でる。震えそうになるのを堪えた。正面の赤い瞳を必死で睨み付ける。  突然、唇が振ってきた。口の中まで分厚い舌が割り込んでくる。こんなことをされたのは初めてだった。僕の奥へと逃げる舌を、リヅィアのそれが追いかけ、嬲る。飲みきれない唾液が口端から零れた。息が出来ない。苦しい。  さすがに我慢できなくなって、リヅィアの胸板に手を突っぱねる。ようやく離れてくれた。互いに荒い息を繰り返す。なんだよ、お前も苦しかったんじゃないか。  リヅィアはぐいと自分の口元を拳で拭った。それからまた、僕の頬に手を添える。顔が、近づいてくる。 「キールの、快楽に溺れて蕩けきって泣く姿が見たい」  その言葉の意味を理解する前に、衣服の裾から差し入れられた手が登ってくる。あっという間に頭をくぐらされ、裸にされた。 「ぼ、僕は、そんな顔、しない。したこと、ないでしょう?」  リヅィアは笑った。「そうか?」とわざとらしく首を傾げられる。 「あ」  リヅィアは僕を縛ろうとしなかった。ディノのことも呼ぼうとしない。左の乳首に吸いつき、噛まれ、また吸われる。右の乳首は2本の指に挟まれ、くりくりと擦り合わされている。久しぶりの感覚だったが、じわじわと、確かに、刺激が送られてくる。 「いつも声を我慢するのはどうしてだ? その様子も可愛いが、」  また、唇同士が触れあった。リヅィアの舌が僕の口内をいいように動き回る。隙間から、情けない声が漏れた。 「今はもっと聞きたい」  リヅィアは、僕の勃ちあがり始めた陰茎にも触れた。先からあふれ出る液を竿全体に塗り込むようにして扱かれる。 「キール、ほら、ほら」  唇を割って、今度は指が入ってきた。噛んでやろうかと思ったが、できなかった。今更また血を飲んだところで何が変わるわけでもないだろうが、それが確かかどうかはわからない。 「あ、ああっ、離して、嫌」 「可愛い、キール」  首筋に噛みつかれ鋭い痛みが走る、と同時に、放っていた。勢いよく精液が僕の腹と胸までを汚す。「すごいな」と感心するように呟かれ、顔が熱くなった。 「気持ちよかったか? んん?」 「っ、なんで、いつもみたいに縛らないんですか? 張形は? 縄は?」 「痛くしたいわけではない。気持ちよくしたいんだ」 「気持ちよく、なんか」 「そうか?」 「あっ」  リヅィアが動き始めた。すっかり性感帯として開発されてしまった乳首を舐め、抓り、すぐに再び勃ちあがってしまった僕のモノを擦る。また達してしまう、そう目を固く閉じた瞬間に、根本を押さえつけられた。全身にどっと汗が滲む。  リヅィアの方を見れば、奴は楽しげに笑みをつくっていた。 「気持ちよくなければ射精には至らないそうだが、」  酷い。  リヅィアは前を戒めたまま、僕を攻め立てた。全身に吸いつかれ、脇腹が特に弱いことにも気づかれた。チュッチュとそこばかりに刺激を与えられ、背筋が震える。 「リヅィア、リヅィア」  ぴたりと手が止まった。何故だか目を見開きこちらを見ている。「初めて名を」とか聞こえてきたような気がしたが、僕にはそれをしっかりと意識する余裕はもうなくなっていた。つらい。こめかみを熱い涙が伝い落ちる。 「も、お願い。気持ちいい、気持ちいいから、前、離し、え、あ、あっ――!」  突然だった。戒めが緩んだ。リヅィア自身も驚いているようだった。全く予期していなかった解放に、僕の腰は何度もびくびく跳ねた。 「す、すまない」  僕は何に謝られているんだろう。  どっと襲ってきた疲労感に目蓋が落ちてくる。 「可愛い、キール」  涙で濡れた頬を舐められた。

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