10 / 14

第10話

 棺桶の中には、白髪の老人が横になっていた。花に囲まれたその表情は穏やかで、かすかに口角が上がっていた。 「奥さんを追うようだねえ」 「ああ、ここのうちは、愛妻家だったし。そうそう、駆け落ちしたとかで、突然こんな山奥の村までやってきたんだよね」 「奥さんも幸せだなあ」  周囲の人々の声を聞きながら、その老人に向かって頭を下げる。その拍子に涙が零れた。  レノ。  レノ。  頭から被った布で顔を隠す。  レノ。 「ありがとう、レノ」  あなたが、気まぐれででも、優しくしてくれたからこそ、僕はここまで生きてこれたんだ。  いつまでもここに立っているわけにはいかない。僕は目を擦り、棺桶から離れた。 「キール、さん、だったりしますか?」  振り返る。立っていたのは、若い頃のレノにそっくりな青年だった。僕は俯きながら、頷いた。この髪と目の色を見られては、騒ぎになる。 「やっぱり。これ、父から」 「ち、父」 「僕はレノの息子です」  息子。そうだ。リヅィアがこどもがいたと言っていたじゃないか。  彼が僕に差し出しているのは一通の手紙だった。レノが、奥さんが亡くなった後に書いたものらしい。 「もし、見知らぬ参列者がいたら、声をかけてほしいと言われていました」 「ありがとうございます」 「いえ、こちらこそ、こんな場所までおいで頂いて、父も喜んでいると思います」 「そんな、ことは」  喪主を務めているらしい彼は、慌ただしく、僕に一礼をすると、人混みの中に戻っていった。  僕は後ずさりながら、手紙を胸に寄せた。  手紙、レノが、僕に。レノ、僕のことを覚えていてくれたんだ。 「なんだ、それは」  ひょいと背後から手紙を奪われた。慌てて腕を伸ばすが、相手はリヅィアだ。届かない。敵うわけもない。  珍しく機嫌を悪そうにしている。 「レノが、僕にって」 「読む必要はない」 「返して下さい」 「死に際の人間の、自己満足に付き合う必要はない」 「リヅィア」 「だいたい、ここまで来るのだって俺は反対だったんだ」 「僕は1人でも平気でした」 「1人で行かせられるわけないし、そういう問題でもない。ああもう」  リヅィアは突然、身をかがめたかと思いきや、僕をすっぽり抱きしめた。 「わかってくれ。俺はここまで譲歩したんだ。手紙は少し、預からせてくれ。捨てたりしない。保管するだけだ。ただ、今日はもうこれ以上、あの男にキールを譲りたくないんだ」  そう言われてしまえば弱い。僕は渋々、腕を降ろした。こういうところ、変わらないままだなあ。変に素直で、わがままだ。  悔しいが、そういうところが可愛いと思う。 「わかりました。絶対に捨てないで下さいね」 「ああ! 俺は約束は必ず守るからな」 「はい」  一転して、にこにこと微笑み始めるところが、また可愛い。 「これからも、俺と生きてくれるな?」 「はい」 「あいつはもういないが、それでも、生きてくれるな?」  しつこい。僕はもぞもぞと、リヅィアの胸に埋もれていた顔を出すと精一杯背伸びをして、その頬に唇を寄せた。 「はいって言っているでしょう」  リヅィアは瞬きを数回繰り返した後、頭を抱え、長く長く息を吐いた。 「すまない」  これだけ密着していれば、言われなくてもわかっています。 「勃った」  END 

ともだちにシェアしよう!