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第10話
棺桶の中には、白髪の老人が横になっていた。花に囲まれたその表情は穏やかで、かすかに口角が上がっていた。
「奥さんを追うようだねえ」
「ああ、ここのうちは、愛妻家だったし。そうそう、駆け落ちしたとかで、突然こんな山奥の村までやってきたんだよね」
「奥さんも幸せだなあ」
周囲の人々の声を聞きながら、その老人に向かって頭を下げる。その拍子に涙が零れた。
レノ。
レノ。
頭から被った布で顔を隠す。
レノ。
「ありがとう、レノ」
あなたが、気まぐれででも、優しくしてくれたからこそ、僕はここまで生きてこれたんだ。
いつまでもここに立っているわけにはいかない。僕は目を擦り、棺桶から離れた。
「キール、さん、だったりしますか?」
振り返る。立っていたのは、若い頃のレノにそっくりな青年だった。僕は俯きながら、頷いた。この髪と目の色を見られては、騒ぎになる。
「やっぱり。これ、父から」
「ち、父」
「僕はレノの息子です」
息子。そうだ。リヅィアがこどもがいたと言っていたじゃないか。
彼が僕に差し出しているのは一通の手紙だった。レノが、奥さんが亡くなった後に書いたものらしい。
「もし、見知らぬ参列者がいたら、声をかけてほしいと言われていました」
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、こんな場所までおいで頂いて、父も喜んでいると思います」
「そんな、ことは」
喪主を務めているらしい彼は、慌ただしく、僕に一礼をすると、人混みの中に戻っていった。
僕は後ずさりながら、手紙を胸に寄せた。
手紙、レノが、僕に。レノ、僕のことを覚えていてくれたんだ。
「なんだ、それは」
ひょいと背後から手紙を奪われた。慌てて腕を伸ばすが、相手はリヅィアだ。届かない。敵うわけもない。
珍しく機嫌を悪そうにしている。
「レノが、僕にって」
「読む必要はない」
「返して下さい」
「死に際の人間の、自己満足に付き合う必要はない」
「リヅィア」
「だいたい、ここまで来るのだって俺は反対だったんだ」
「僕は1人でも平気でした」
「1人で行かせられるわけないし、そういう問題でもない。ああもう」
リヅィアは突然、身をかがめたかと思いきや、僕をすっぽり抱きしめた。
「わかってくれ。俺はここまで譲歩したんだ。手紙は少し、預からせてくれ。捨てたりしない。保管するだけだ。ただ、今日はもうこれ以上、あの男にキールを譲りたくないんだ」
そう言われてしまえば弱い。僕は渋々、腕を降ろした。こういうところ、変わらないままだなあ。変に素直で、わがままだ。
悔しいが、そういうところが可愛いと思う。
「わかりました。絶対に捨てないで下さいね」
「ああ! 俺は約束は必ず守るからな」
「はい」
一転して、にこにこと微笑み始めるところが、また可愛い。
「これからも、俺と生きてくれるな?」
「はい」
「あいつはもういないが、それでも、生きてくれるな?」
しつこい。僕はもぞもぞと、リヅィアの胸に埋もれていた顔を出すと精一杯背伸びをして、その頬に唇を寄せた。
「はいって言っているでしょう」
リヅィアは瞬きを数回繰り返した後、頭を抱え、長く長く息を吐いた。
「すまない」
これだけ密着していれば、言われなくてもわかっています。
「勃った」
END
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