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5.首元に這わせた舌(R18)
璃玖と一樹の二人だけで行われる日曜日の朝練も、始めてから半年が経とうとしていた。
「璃玖!ターンの時、足元見ない!だから次の振りに遅れんだよ」
「はいっ!」
璃玖は基礎クラスのレッスン内容に日々なんとかついていくだけの状態だったが、一樹が朝練で基礎からじっくり教えてくれたおかげで、苦手だったダンスは着実に上達していった。
一方一樹は、秋のクラスチェンジオーディションの結果、中級クラスを飛ばして上級クラスとなった。
クラスを飛ばしての進級は本当に異例なことだったが、一樹と同期の伊織も同様に、上級クラスへと進級していった。
上級クラスになると、デビューして活動している先輩たちのバックダンスを任されるようになるため、通常のレッスンに加え、新曲の振り付けやライブの練習などが盛り込まれていく。
そのため、今までとは比べ物にならないくらいハードなスケジュールになっていくが、一樹は進級して自分の練習で忙しいながらも、欠かさず日曜日の朝練で璃玖の練習を見てくれていた。
「璃玖、そこ!軸足ズレてる!!」
「え!ちょっ、う、うわっ…!!」
璃玖はターンでバランスを崩し、そのままよろめいて尻餅をついてしまった。
「おいおい、大丈夫かよ」
いつもであれば、バランスを崩しはしても転ぶことはなかったため、一樹は心配になり、璃玖に近寄った。
そして、璃玖の向かい側に膝をついてしゃがむと、顔色を確認するため、汗でおでこに貼りついた長めの璃玖の前髪を、そっとかき上げた。
顔色は良さそうだったが、一時間ほど練習し続けたせいか、璃玖の顔は紅潮し、息切れをしていた。
そんな璃玖の姿に、一樹は何故か胸のあたりがソワソワした気持ちになった。
「ごめん、ごめん。本当に大丈夫だから。再開しよっ」
「いや、ちょっと休憩しようぜ。待ってろ、飲み物取ってくるから」
一樹はスタジオの隅っこに置かれた水筒を取りに行くため、立ち上がった。
「大丈夫だよ。それぐらい自分で行くから…痛っ…」
立ち上がった一樹を呼び止めようと、璃玖も立ち上がろうと右足に重心をかけた途端、足に鈍い痛みが走り、璃玖は再び座り込んでしまった。
「どっか痛めたのか?!」
慌てて一樹はしゃがみ直し、璃玖の右ふくらはぎを片手で掴んで持ち上げた。
そして、ふくらはぎを掴んでいる反対の手で、一樹は璃玖の足首をゆっくりと軽く曲げてみるが、璃玖の表情は先ほどのように苦痛に顔を歪めなかった。
「足首は大丈夫そうだな」
捻挫や骨折ではないとわかり、一樹は安堵の溜め息をつく。
「平気だよ。ちょっと、足が痺れただけだから…」
そう言った璃玖の目は、どことなく泳いでいるように感じた一樹は「足首じゃないなら…」と言いながら、そのまま璃玖の右足の靴を脱がそうとする。
「あ、待って…!!」
璃玖の制止を聞かず、一樹は璃玖の靴を脱がすと、案の定、璃玖の靴下にはうっすらと血がにじんでいた。
一樹は璃玖の靴下も脱がし、傷の具合を確認すると、足の裏の親指付け根あたりのマメが潰れ、痛々しい傷口になっていた。
他にも、璃玖の足の裏には所々に絆創膏が貼ってあり、先ほどまでダンスの練習が普通に出来ていたとは、とても思えない状態だった。
「なんで痛いって言わないんだよ…」
マメが潰れる前からかなりの痛さだったにもかかわらず、璃玖は一言も弱音を吐くことなく一樹の練習についていっていた。
「だって…。一樹に少しでも追いつきたいんだもん」
バツが悪そうに、璃玖は小さい声で一樹から顔を逸らしながら呟いた。
「こんな状態で練習したって、何にもならないだろ!」
痛みを堪えて璃玖が練習していたことに気が付くことが出来なかった一樹は、そんな自分自身に苛立ちを覚え、少々声を荒げてしまう。
「ご、ごめんなさい…」
一樹の大きな声に璃玖は驚き、両膝を抱えると、顔を隠すように埋めてしまう。
「あ、いや、ごめん。怒っているわけじゃないんだ。…ちょっと待ってろ」
一樹は璃玖の頭をポンっと優しく叩くと、スタジオの端にある戸棚から救急箱を取ってきた。
「ほら、足貸してみ」
璃玖の向かい側に一樹はあぐらをかいて座ると、璃玖の右足首を掴み、自分の膝の上に乗せた。
そのまま救急箱から消毒薬を取り出すと、傷口にティッシュを当てながら、一樹は消毒薬を数滴垂らした。
「し、染みる…!!」
思っていた以上に消毒薬が傷口に染みて、璃玖は上を向き、奥歯を噛みしめて痛みに耐えた。
「ほんとバカだな。次からは、こうなる前にちゃんと言えよ。治りも遅くなるし、いいことないから」
一樹は傷口に絆創膏を貼ると、そのまま器用にテーピングを始めた。
「ごめんなさい…」
璃玖は反省したように背中を丸めると、手慣れた様子でテーピングする一樹の手元をじっと見つめた。
「まあ、オレも昔なったし。気持ちはわからなくはないけど」
「一樹も?」
一樹はテーピングの手を止めることなく、そのまま話続けた。
「ああ。初めてダンス教室の発表会で出演が決まった時、嬉しくて練習しすぎてさ。
結果、今の璃玖と同じ状態になって、舞台に上げてもらえなかったんだ」
いつも明るく笑う一樹の顔が、哀しげな表情を浮かべていた。
人一倍頑張っていた結果がそうなってしまったのだから無理もないと、璃玖は胸を痛める。
「そっか…。それは哀しかったし、悔しかったよね…」
一樹がいつも自分にするように、璃玖は一樹の頭をポンポンと軽く叩いた後、手のひらで優しく撫でた。
「へへ、いつぞやの仕返し」
「仕返しって…。お前なぁ…」
無邪気に微笑む璃玖につられて、一樹もつい微笑んでしまう。
「よし、完成かな」
一樹はテーピングの具合を確認するため、璃玖の右足首を持ち上げ自分の顔に近づけ、剥がれた部分などがないか確認をする。
テーピングがしっかり固定されていること確認し終えると、ふと、先ほどの無邪気な璃玖の微笑みが頭を過ぎった。
すると、なんとも言えない感覚が湧き上がってくることを一樹は感じた。
一樹はそのまま璃玖の足にさらに顔を近づけると、白く滑らかな肌の璃玖の足の甲に、そっと唇を落とし、そのまま舌先で舐め上げた。
「ひゃっ!な、なにしているの一樹?!」
いきなりのことに璃玖は驚き、声が裏返ってしまうと、慌てて一樹から自分の足を引っ込めた。
「…」
慌てふためく璃玖とは真逆に、一樹は黙り込んでしまっていたが、内心では自分の行動に戸惑っていた。
Ωの男性も妊娠出来るため、現在は同性婚も珍しくなく、一樹自身、同性ということに抵抗はなかった。
だが、たった今、自身から湧き上がってきた感情は、愛おしさよりも、明らかに欲情であったことを一樹は自覚すると、まるで動物のような本能的な衝動だったことに恐怖を抱いた。
「もう、そういう冗談は好きな子にしなよ」
内心戸惑っている一樹の様子に、璃玖は全く気づかないまま揶揄われたと勘違いし、まるで子供のように頬を膨らませた。
「よいしょっと」
璃玖は靴下と靴を履き直し立ち上がると、その場で足踏みやターンをしてみる。
すると、一樹のテーピングのおかげで痛みを感じないことがわかると、璃玖は座ったままの一樹に、にっこりと笑いかけた。
笑った璃玖の顔は何度も見ていたはずなのに、頬を紅潮させ少し疲れた様子で微笑む璃玖の姿が、急に一樹には扇情的に見え、鼓動が早まった。
「ありがとう。一樹のおかげで全然痛くないや。さ、練習再開、再開。あっ、その前に水分補給かな」
無邪気に笑いながら水筒を取りに向かった璃玖を、一樹は急に放したくないという衝動にかられ、無我夢中で追いかけるように立ち上がった。
そして、水筒を取ろうと前かがみになろうとしていた璃玖に追いつくと、一樹は璃玖の腰に手を回し、自分に引き寄せるように後ろから強く抱きしめた。
「えっ、一樹…?」
璃玖は状況が飲み込めず、慌てて一樹の腕の中から逃げようとするが、一樹の腕の力はさらに強まり、まるで放したくないと言っているようだった。
「ちょっと、一樹。冗談もいい加減に…」
いつもの冗談だと思いながら璃玖は顔を上げると、自分たちの姿が壁全体に飾られた鏡に映っていることに気がついた。
すると、鏡越しに璃玖は一樹と目が合う。
揶揄ってほくそ笑んでいるだろうと思っていた一樹の表情は、今まで見たことがないくらい真剣で、璃玖は鏡越しながらも、一樹から目が離せなくなってしまった。
「い、一樹…」
まっすぐ見つめる一樹の目に吸い込まれてしまいそうになり、璃玖は不安にかられ、つい、泣きそうな表情を浮かべてしまう。
そんな表情を鏡越しで見た一樹は、自分の中で沸々と湧き上がる衝動が抑えられなくなっていた。
「璃玖…」
熱を帯びた声で一樹は璃玖の耳元で囁くと、璃玖のうなじにそっと顔を近づける。
すると、汗ばんだ璃玖のうなじからは、微かに汗の匂いを感じたが、決して不快なものではなく、まるで花の蜜のように誘われる香りに感じ、一樹をさらに夢中にさせた。
璃玖の細い腰を押さえていた腕に一樹は力をこめると、璃玖のうなじにそっと口づけをした。
「ひゃっ…!ちょ、ちょっと!一樹、いいかげん、放して!」
必死に抵抗をする璃玖に対して、一樹は自分にこんなに力があったのかと思うくらい、璃玖を固定して放さなかった。
そのままの状態で、璃玖のTシャツの裾から一樹は手を滑り込ませると、璃玖の脇腹に直接手を這わせた。
(あっ、なに…)
璃玖は一樹に素肌を触れられた瞬間、腰に甘い疼きを感じた。
すると、自然と「んっ…」と吐息混じりの声が漏れてしまい、自分の声とは思えない艶めかしい声に、璃玖は羞恥心を覚え、自身の体温が一気に上がったように身体が熱くなった。
そんな璃玖の反応に、璃玖の素肌を撫でる一樹の手はエスカレートし、まるで肌の感触を確かめるようにゆっくりと、脇腹から腹筋、胸骨と手でなぞるように、徐々に上に移動させていった。
「あっ…」
一樹の手の感触は、くすぐったいと感じる以上の何かを璃玖に与えて、璃玖はその感覚に溺れるように抵抗できなくなっていた。
いつのまにか一樹の指先が璃玖の小さな胸の突起に到達すると、そのまま人差し指で形をなぞるように軽く撫で上げた。
「あっ…!!」
まるで電流が走ったかのような、今まで感じたことがない感覚に、璃玖は思わず足の力が抜けてしまう。
璃玖は咄嗟に、鏡の前に設置されたバーを掴んだ。
思わず顔を上げると、目の前の鏡に自分の顔や、一樹にTシャツの裾から手を入れらている姿が目に入り、璃玖は羞恥心で顔を背け、目を瞑ってしまう。
指先で軽く撫でただけで敏感な反応を見せた璃玖に、一樹は興奮を覚え、今度は胸の突起の上で、指先をゆっくりと一周させた。
「あっ、ん…。待って一樹…」
目を瞑ったことによって、より一樹の指先の感触が鮮明になると、璃玖はその感触に耐えられず、胸に這わされた一樹の手をTシャツの上から押さえ、動かされないように抵抗をした。
しかし、今度は腰に回されていた一樹の手が、璃玖の太ももと半ズボンの境界線を撫でながら、わざと粘着な音を立てるようにして、璃玖のうなじの汗を一樹の舌が舐めとった。
「や、やめ…」
一樹は璃玖のうなじに這わせた舌を時間をかけながら移動させ、今度は璃玖の耳の裏を舌先でなぞるように舐め上げた後、耳たぶを口に含み甘噛みをした。
「ふぁ…あっ…」
璃玖の口から、さらに甘い吐息が漏れだした。
一樹は、璃玖がどんな表情をしてそんな甘い声を漏らしているのか顔が見たくなり、鏡から背けていた璃玖の顎を掴んで、無理やり鏡を向かせた。
熱にうなされたように璃玖は眉間に皺を寄せ、呼吸が乱れながら口が少し開いた扇情的な表情に、一樹は一瞬釘付けになる。
だが、そこに重なるように映る獣のような自分の目と目が合うと、まるで血の気が引くように一瞬で冷静さを取り戻した。
「…!!」
璃玖の腰を固定していた腕を、咄嗟に一樹は離すと、そのまま膝から崩れ落ちてしまう。
「ご、ごめん璃玖」
そんな崩れ落ちた璃玖の姿を見て、慌てて一樹は璃玖に手を差し出す。
しかし、その差し出された手に、驚いたように身体ををびくっとさせた璃玖の反応に、一樹は明らかな拒絶と感じ、差し出した手を引っ込めた。
「お、俺…。その…」
自分の起こしてしまった行動に対して何と伝えればいいか分からず、一樹は言葉に詰まってしまう。
「ご、ごめん。僕もう、時間だから」
そう言って、璃玖は一樹の顔を決して見ることなく、自分の荷物をそそくさとまとめ終えると、スタジオから走って出ていってしまった。
一樹は走り去る璃玖の姿を、声をかけることも出来ず、ただ呆然と見つめることしか出来なかった。
「何してるんだろ…俺…」
その場にしゃがみ込んだ一樹は、自分の手のひらを見つめる。
手のひらにはまだ、璃玖の滑らかな肌の感触と熱がしっかりと残っていた。
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