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10. なんで僕、Ωだったんだろう…。

ブーブー 「んっ…」 璃玖はスマホのバイブ音により、ベットの上で目を覚ました。 寝ぼけたまま、手探りで音源を探し、鳴り止まない音を止めるため、手にとったスマホ画面に表示されている通話ボタンを押した。 「…はい、どな…」 『璃玖っ!』 スピーカーから聞こえた聞き慣れた声に、眠気が一気に吹き飛び、璃玖は跳ね上がるように上体を起こした。 「いつ…き…」 『お前なにやってるんだよ。昨日もレッスン出ないで、今日もまだ来てないし』 天沢が運んでくれたのか、璃玖の記憶はリビングで座っていたところまでしかなかったが、いつの間にかベットの上だった。 カーテンから漏れる明かりが淡くオレンジがかっていていることで夕方だと理解し、スマホ画面の時計を確認すると、いつもであれば養成所で着替をしている時間を指していた。 「もうレッスン始まるぞ」 「あ、うん…。そうだね…」 『そうだねって…。今日も休むのかよ』 「ちょっと、調子がよくなくて…」 『どこが悪いんだよ?』 「あ、えっと、その…」 咄嗟についた嘘で璃玖は口ごもってしまい、言葉に詰まってしまう。 『嘘…なんだな。その…俺がしたことが原因なら…』 「ちがう、ちがうんだ。一樹はなにも悪くないんだ…」 『なら、なんで来ないんだよ!!』 一樹の、声を荒げながらも悲痛な気持ちが伝わってくる叫びに、璃玖は胸を締め付けられ、思考が停止してしまう。 「…」 『璃玖!!』 「…」 『なんで何も言わないんだよ…』 (違う、違うんだ…。一樹は何も悪くない。僕がΩだからいけないんだ…) そう考えると涙が溢れそうになるが、ここで泣いてしまっては一樹が傷ついてしまうと思った璃玖は、必死に虚勢を張った。 「本当はさ…もう、飽きたんだよ。昨日、レッスンサボって友達と遊んだら一日すごく楽しくてさ。どうせ僕なんてデビューなんか出来るわけないんだし、養成所も辞めちゃおっかな!なーんて…」 璃玖は感情が悟られないよう、嘘に嘘を重ね、出来るだけ冗談に聞こえるように明るく言った。 『お前…それ、本気で言っているの?』 「えっ…」 一樹のまるで軽蔑するかのような低い声に、璃玖は一瞬戸惑うが、後戻りできるはずもなく「本気だよ」っと返した。 『あっそ。俺の隣に立ってくれるって…一緒にデビューしようって約束したのにな…がっかりだよ』 一樹の冷静な声が聞こえた後、スマホの画面は通話終了と表示された。 璃玖はスマホの通話終了画面を眺めたまま、周りの音が聞えなくなるような感覚に陥るが、しばらくして電源をオフにした。 昨日あんなに泣いたのに人間の体は不思議で、どこに残っていたのか、また涙が溢れようとしてくる。 (これで…よかったんだ。僕の存在は、いつか一樹の人生を狂わせてしまうかもしれないから…) 璃玖は涙を我慢するよう、目にぎゅっと力を入れ、上を向く。 だが、溢れてしまった一筋の涙が璃玖の頬を濡らした。 コンッコンッ 「あ、はいっ」 璃玖は急いで目を擦りながら返事をすると、申し訳なさそうな顔で天沢が寝室の扉を開けた。 「璃玖様…その、申し訳ございません。立ち聞きするつもりはなかったのですが…」 「聴こえちゃい…ましたよね?」 「はい…申し訳ございません」 天沢は深々と頭を下げる。 「やだなぁ、気にしないでください」 平静を装うとして、璃玖はベットから立ち上がろうとするが、突然のめまいに襲われる。 「危ないっ」 フラついたところを間一髪、天沢に支えられて転ばずにすんだが、そのまま天沢は璃玖のおでこに手を当てる。 「熱があるようですね、今日はこのまま横になっていてください」 天沢に支えられながら、璃玖はまたベットに横になる。 (たしかに…ちょっとボーっとする感じがする) 「ありがとうございます」 「食欲はありそうですか?」 「いえ、あまり…」 璃玖は、空腹より胸が詰まり、何か胃にいれたいとはとても思えなかった。 「そうですか…。残念です…。コトコト煮込んだ大根と豆腐のあっさり鶏スープふんわり卵うどんをお作りしたのですが…」 天沢のお堅い感じからは想像できない、まるで女子のレシピタイトルのような呪文メニューが真面目な顔をした天沢の口から飛び出し、そのギャップに璃玖は驚きつつも、つい吹き出してしまう。 「それは、くくっ、とてもおいしそうですね。せっかくなので後でいただきます」 「やっと…笑ってくれましたね。璃玖様にもやっぱり笑顔が似合います。では、もう少し横になっていてください」 そう言いながら、天沢は璃玖に薄手の毛布をかけ、優しく微笑み、屈みながら頭をそっと撫でた。 その優しい感触は、初めて一樹と言葉を交わしたレッスン終わりをフラッシュバックのように思い出し、璃玖は目頭が熱くなるのを感じ、腕で目を覆った。 「璃玖様…」 「ごめんなさい、ちょっと涙腺が壊れてしまっているみたいです…。あの…天沢さん。僕の話、少しだけ聞いてもらってもいいですか?」 「…はい」 天沢はそっと璃玖の枕もとに腰を下ろした。 璃玖は目から腕を外して、遠くを見つめるように天井を見つめ、深呼吸をした後、ゆっくりと話始めた。 「僕、アイドルの養成所に通っているんです。そこで会った…一樹っていうんですけど、一樹と一緒にデビューしようって約束したんです」 璃玖はそのまま一樹に助けられた話や、曲を作ってきた話、毎週行っていた練習など順番に話していった。 天沢は璃玖を安心させるかのように穏やかな微笑みを浮かべながら、まるで自分の子供のように璃玖の頭を優しくゆっくり撫で、言葉を挟まずに相槌をうってくれる。 「一樹と同じ景色がみたくて…。でも、一樹はおそらくαで、このまま僕が隣…に…いると迷惑…かけてしまう」 最後に自分の中に溜まっていた気持ちを言葉に出してしまうと、まるでコップの水が溢れるように感情が抑えられなくなり、昨日のように涙が止まらず、うまく喋れなくなってしまう。 それでも天沢は、璃玖が言葉をすべて吐き出すのを待つかのように、璃玖を優しく見つめる。 「なんで…僕、Ωだったんだろう…。それなら…一樹と出会う前に…知りたかった…」 溢れ出る涙を天沢は指先で涙を拭ってくれた。 その温かい指先が、今の璃玖にはとてもかけがえのないものに感じた。 「大事な方なんですね」 「はい…でも…僕はΩ…だから…迷惑をかけたく…ないから…あきらめ…なきゃって…思ったんです」 「ねぇ、璃玖様。一樹様は璃玖様がΩだからという理由で、二人で決めた夢をあきらめて納得するのでしょうか?」 「だって…Ωのアイドルなんて…必要…ないし…、一樹の隣で発情期を起こし…たら、それこそ…」 Ωだと隠してデビュー出来たとして、何かの拍子に一樹がヒートになってしまったらと璃玖は想像する。 あの、自分では抑えることも抗うことも出来なかった性欲に一樹を巻き込んでしまったらと考えると、背筋に冷たいものが走り、冷や汗が出る。 璃玖のその様子に気が付いたのか、天沢は今度はそっと璃玖の手を握り、 そのまま自分の膝の上に置いた。 「璃玖様…。朝にお伝えしたつばき様の発情期、何故抑制出来なくなったのか…お伝えしてもいいでしょうか?」 「えっ?」 「浩二朗様は、璃玖様に発情期が来た時にお話するよう私に依頼をされていました。それは、璃玖様が無理に番を作ろうとしてしまうのでないかと懸念されたからなんです。ただ、私はこのままでは、璃玖様は一生後悔する選択をしてしまうと思うのです」 璃玖の手に添えられた天沢の手が微かに震えていることに気が付く。 恐らく、天沢も話すべきか迷いがあるのだろうと璃玖は悟った。 「…お願いです、天沢さん。聞かせてください」 璃玖は天沢に添えられた反対の手で天沢の袖を掴み懇願する。 「わかりました…」 天沢は璃玖から目線を外し、何かを決心するかのように目を閉じた。 そのまま昔を思い出すように、いつも以上にゆっくりとした口調で天沢は話し始めた。 「実は、つばき様は一時期、発情期自体がなくなってしまったんです」 「発情期が…なくなる?」 「つばき様は浩二朗様を愛していましたが、別の方と番になることが決まっていました」 「お祖父様以外と…」 「つばき様の心と身体が拒否されたんですかね。発情期がなくなり、その方と番にならずに済んだのです。ただ、違法薬物を使って無理やり発情期を誘発したこともあり、その反動か、後日発情期が再開すると全く抑制剤が効かなくなってしまったんです」 (天沢さん…) 恐らく当時、何か璃玖にも想像できない辛いことがあったのか、天沢の顔に悲痛な表情が浮かぶ。 「結果、浩二朗様とつばき様は一緒に寄り添うことが出来、番になることによって発情期も収まったのですが…。璃玖様にも番が出来る前に抑制剤が効かなくなる時が来てしまうのではないかと、浩二朗様は心配されていました」 「それは…僕が番を作れば抑制出来る可能性が高くなるということですかね?」 「おそらく…。もちろん、つばき様の症状を受け継がれておらず、こんな心配は杞憂かもしれません…。ただ、Ωの発情期抑制には、番が必要なのは確かです。ですが、発情期まであと二年ほどあります。その前に答えを出して、夢をあきらめてしまうのは早いのではないでしょうか?」 「今は…僕にはわからないです…」 「そうですよね。でも、一度ゆっくり一樹様と話をされてから結果を出しても遅くないのでは?」 「…考えてみます」 もし、一樹に話すとなると、どこまで話せばいいのだろうか。 自分がΩであること。 一樹はαなのか。 今の璃玖には、一樹に打ち明けることも、尋ねる勇気もなかった。

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