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14.俺と番になって
「あ、起きちゃった」
「い…つき…えっ!!」
前髪を撫でられた感触で目を覚ました璃玖は、ベットの縁に顎を乗せた一樹と目が合い、目をパチクリさせる。
「えっ。僕、一体…」
ぼーっとしたまま璃玖は上半身を起き上がらせると、ふと肌寒く感じ、体に手を当てると自分が上半身裸なことに気づいた。
「…?」
璃玖は自分の格好に疑問を抱いたまま、かけられている薄手の毛布をふとめくってみると、下着も履いていない状態であることをやっと把握して、急いで毛布を肩まで引っ張り、もう一度ベットに横になる。
「あー、ごめん。服とかどこにしまってあるの分からなかったから、
とりあえず毛布でくるんじゃった。寒くない?」
そうニヤニヤしながら声をかける一樹は、璃玖が準備した着替えにちゃっかり着替え終わっていた。
「なぁ、そんなに気持ちよかった?璃玖ってば、いきなり気を失うからびっくりした」
一樹は悪戯するように横になった璃玖の前髪を指に絡め、さらににやけながら意地悪な質問をしてくる。
「気持ちよかっ…?あっ!!」
一樹が何を言っているのか最初はわからなかった璃玖だったが、次第にバスルームでの出来事を思い出すと途端に恥ずかしくなり、枕で自分の顔を隠してしまう。
「ちょ、なに今更恥ずかしがってんだよ」
一樹は璃玖の顔を覆った枕を取り上げ、そのまま床に軽く放り投げると、代わりに璃玖の頬を優しく手のひらで撫でる。
「だっ、だって…」
(あんなことした上に、もっとしてとか言っちゃったんだよ!まともに一樹の顔見れないよ)
羞恥心で目を合わすことが出来ず、頬を撫でられながらも璃玖は目をぎゅっと瞑る。
「璃玖…。ねぇ、ちゃんと俺のこと見て。じゃないと、後悔しているのかなって思って傷つくんだけど…」
「ご、ごめん。でもちょっと…」
「恥ずかしい?じゃあ、もっと恥ずかしいことしてやるよ」
そう言ってゆっくりとベットに乗り上げ始めた一樹を、璃玖は焦りながら両手で必死に押し返す。
「ちょっ、揶揄わないでよ」
「いや、結構本気」
「えっ?」
押し返す手を奪われ、一樹がどんどん近寄ってきたため、璃玖はベットの端までじりじりと腰で後ずさる。
「う、嘘…」
「大丈夫、大丈夫」
「何が大丈夫なんだよ!」
ベットの端は壁くっついており、これ以上逃げることが出来ないところまで追いやれられつつ一樹に毛布をそっと引っ張られるが、璃玖は必至に毛布を死守しようとする。
「ちょ、ちょっと待ってってば」
「待たない」
そう言った一樹の顔がゆっくりと目と鼻の先まで近づいてきたため、璃玖は反射的に目を瞑ってしまう。
だが予想に反していつまでたってもキスがされないため、璃玖は目をうっすらと開くと、一樹は口に手を当て必死に笑いを堪えていた。
「えっ?」と璃玖が呆気にとられていると「なーんてね」と一樹に鼻をつままれてしまう。
「なーに期待しているんだか、璃玖のエッチ。しかし、俺って演技もいけるのかな?」
「…!!一樹っ!!」
「ごめん、ごめん。でもやっと顔見たな。とりあえず服着ろって。それとも…本当にまたされたい?」
今度はチュッと音がするように一瞬唇を奪われると、璃玖は顔を赤くする。
「一樹!」
「はい、はい」
一樹はわざとらしく肩を竦めると、そのままベットを降り、ベットに寄りかかるように床に座った。
「ほら、目瞑っててやるから早く着替えろよ。風邪ひくぞ」
目に力が入っているのがわかるように、一樹は大袈裟に目を瞑ってみせた。
璃玖はベットの上から一樹の顔の前で手を振り、本当に目を瞑っていることを確認すると、毛布を体に巻き付けた状態でベットから立ち、急いで着替えた。
そして着替え終えると、ベットに寄りかかりながら床に座っている一樹の横にちょこんと座った。
一樹は気配を感じたのか、目を瞑ったまま手探りで璃玖の手を探しだし、ぎゅっと手を握る。
「もういい?」
「うん」
璃玖はまだ一樹と顔を合わせるのが恥ずかしく、体育座りになり太ももに顔を寄せる。
そんな様子に一樹はもどかしくなり、璃玖の頭を自分に引き寄せ、額に唇を落とした。
「俺の顔見るのまだ恥ずかしい?」
「うん…」
「じゃあ、俺の足の間にきて」
一樹は膝を立てて座っていた足を開いて、その間を指差す。
「…こう?」
璃玖は言われた通り一樹の開かれた足の間に背を向けて座るが、緊張のせいか何故か正座で座ってしまう。
「正座って…ふっ、璃玖らしい」
一樹は笑いながら璃玖を後ろから勢いよく抱きしめて、璃玖を自分の腕の中に包んで肩に顔をうずめる。
「やっぱり璃玖って、なんかいい匂いがする」
そう言った一樹の前髪が璃玖の首元を擦り、璃玖はその感触のもどかしさにモジモジしてしまう。
「一樹、くすぐったいよ」
璃玖は顔だけ一樹に振り向くと、そのまま至近距離で目が合い、自然と一樹から唇を重ねられる。
バスルームでの激しいものではなく、ただ優しく、お互いの存在を確認するようなキスだった。
一樹は唇をゆっくりと離し、璃玖を自然と自分に向かせると「なぁ、璃玖。俺、これ落ちていたから読んでたんだけど」とあまり見覚えのない冊子を片手に取り出す。
「あっ…」
それは診断書と同封されていた『Ωとして』というタイトルの冊子だった。
自分がΩだと告げられ部屋に駆け込んだ時、床に封筒ごと投げ捨てた勢いで中身が飛び出し、そのままにしていたことを璃玖は思い出す。
薄くて軽い冊子とは真逆の、自分にはあまりに重たすぎるそのタイトルに、まるで頭から水をかぶったかのように現実に戻され、璃玖の顔は強張る。
そして逃げ腰になり、一樹から反射的に体を離そうとする。
「璃玖、逃げないで」
一樹は体を離そうとする璃玖の腕を掴み、まっすぐと璃玖の目を見つめる。
「俺、αだとわかった時、正直、特に何も思わなかったんだ。だからΩの発情期とか番とか考えたこともなかった。だけど、これ読んだら、αでよかったって初めて思ったんだ」
「…αでよかった?なんで…?」
「璃玖を助けることが出来るから」
「えっ?」
「璃玖、発情期がきたら俺と番になろう。俺と番になって」
(番になって…?)
璃玖は言われた言葉を反復し、言葉の意味は理解したが、なぜそんなことを言い出したのかという意図が全く掴めなかった。
「ちょっと何言って…。番?助ける?また冗談なんでしょ」
「本気だよ」
璃玖を見つめる一樹の目は今度はたしかに真剣であった。
だが璃玖は嬉しさより、自分がどれだけ今日まで悩んでいたかまるで知らずに、簡単にそんなことを言い出した一樹に怒りを覚える。
「それは…僕がΩで可哀想だから?助けて『あげる』ために番になろうって?…ふざけないでよ!」
璃玖は一樹に掴まれていた腕を思いっきり振り払おうとする。
「違う、ふざけてなんかない。本気だ」
だが一樹の力は思っていた以上に強く、璃玖は腕を振り払うことが出来ないまま、まるで逃がさないというかのように一樹に強く抱きしめられる。
「離してよ」
「いやだ」
一樹の腕の中におさめられた璃玖は、逃げ出そうと必死に抵抗するが、一樹の腕に込められる力は増すばかりでびくともしない。
「お願い…離して…これ以上僕を惨めな気持ちにさせないで…」
璃玖は胸を潰されるような思いを、一樹の腕の中で涙を我慢しながら肩を震わせ懸命に訴える。
だが一樹は一向に腕の力を緩めてはくれない。
「絶対にいやだ。もう二度と離さないって決めたんだ」
「お願いだから離して。僕はΩなんだよ。一樹はαなんだからαと一緒にならないと」
まるで璃玖は自分に言い聞かせるように、今度は感情を表に出さないよう一樹に諭すように伝える。
「じゃあ璃玖はΩと結婚するのかよ?それでいいのかよ?!」
だが一樹は興奮してしまい、つい強い口調にになってしまう。
そのため、璃玖もとうとう我慢出来ずに感情を爆発させてしまった。
「そんなことわからないよ!でも…僕が一樹の隣にいる資格はないんだ!言わせないでよ!」
「Ωだからってか?そんなの…それこそ俺には関係ない!!」
「一樹はわかっていないんだ!Ωがどんなものか!!その冊子にも書いてあっただろ。発情期がきたら見境なくαを誘っちゃうんだよ!一樹はアイドルになるんだろ。僕が隣にいていいことなんて一つもないんだ」
「俺と離れることが一番怖いっていったじゃないか!」
「言ったよ…。ああ、言ったよ!でも、いくら考えても一緒にいられる答えが見つからないんだ!!」
これでもかというくらい声を荒げて璃玖が叫ぶように言うと、一樹はハッと我に返ったかのように少し黙り、静かに絞りだすような声で「ゴメン」とつぶやいた。
そのまま璃玖の背中に回していた手のひらで以前のようにポンッポンッと璃玖の頭を軽く叩き、
璃玖の耳元で「一人で悩ませてゴメン」と言い、そっと頭を撫でた。
「ねぇ…。お願いだから優しくしないで…」
璃玖は緊張の糸が切れたかのうように力が抜け、一樹に体を預けるような形になり、そのままお互い興奮を抑えるようにしばらく沈黙が続いた。
すると一樹はやっと腕の力を緩め、今度は璃玖の肩を掴み、涙が溢れそうになって潤んだ璃玖の目を見つめる。
「なぁ、璃玖。たしかにΩってだけでデビューも出来ない可能性がある。でもデビューさえすれば、璃玖の魅力がみんなにわかって、Ωとたとえバレたとしても絶対辞めなくて済むはずだ」
「何…言っているんだよ。だいたい、デビュー出来るかもわからないし…。それに、なんで一樹と番になる必要があるの?」
「Ωとαの違いなんて発情期があるかどうかだけだ。何かあった時のために発情を俺だけにしておけば、あとは抑制剤飲んでいれば周りにはバレる可能性は低くなるだろ」
「それは…。でも番だよ!一生消えない契約なんだよ!!そんな軽く言わないでよ」
「軽くなんて考えてない。あの約束をしてから俺の気持ちは何も変わってない。もちろん、璃玖がΩかもと思ったときも…。俺は璃玖が作った曲で、璃玖とデビューしたいんだ」
「そんなの…無理だよ。だいたい発情期がくるまであと二年ぐらいしかないんだよ。それまでにデビューって…。なにより僕、抑制剤で発情期が抑えられないかもしれないんだ」
「薬が効かない体質なのか?」
「わからない。でも、俺のお祖母様がΩだったんだけど、抑制剤が全く効かなくなったことがあったって…」
「そう…なのか…」
一樹はそう言って少し考えこむそぶりを見せるが、すぐに璃玖を見つめなおす。
「なぁ、璃玖…。お前が言ってくれた言葉覚えてる?」
「えっ?」
「俺の隣を譲りたくないって…。今もそう思ってくれている?」
「思っているよ…。思っているけど…」
「その気持ち、今も本当なら俺を利用して」
「え?」
「さっきも言った通り、番になれば、たとえ発情したとしてもヒートになるのは俺だけだ。誰にも迷惑かけない。そのかわり俺のために曲を作り続けて…。璃玖の作る曲は全部俺のものだ。これは…契約だ」
「契約って、そんな…無理だよ」
「璃玖、俺とずっと一緒にいよ」
「無理だよ…。なんで、そこまで…」
璃玖は首を必死に横に振る。
だが一樹に両頬を両方の手のひらで優しく包まれ、璃玖は涙で視界がぼやけながらも一樹を見つめる。
「璃玖が好きだから」
「えっ…」
「あの時…。俺の隣は譲りたくないって言われた時に好きだって自覚した。璃玖自身も、璃玖が俺のために作る曲も全部好きだ。璃玖の全部を俺のものにしたい。璃玖がΩとか関係ない、璃玖が…」
好きだからともう一度一樹が言いかけたところで、璃玖は自分の唇で一樹の口をそっと塞ぎ、ゆっくりと首を横に振る。
「ごめん、それ以上は言わないで…」
「璃玖…」
「一樹の気持ちは十分わかった。けど、僕がΩだということにまだ一樹を巻き込みたくない。でも…一樹が僕を必要だと言ってくれるならいくらでも…なんでも差し出す。だけど、これ以上その言葉を聞いてしまったら、僕は…」
(一樹を利用しようだなんて言えなくなってしまう)
「わかった。この気持ちには一旦蓋をする。璃玖には普通に接するようにする」
「ありがとう。二年後…。僕に発情期がきた時、もう一度…その言葉を言ってくれたら…僕はちゃんと答えを出す」
何か吹っ切れたかのように、璃玖は今までで一番生き生きとした笑顔で一樹に伝える。
「わかった。じゃあ答えは璃玖が発情期がきた時に聞かせて…。でも、最後にもう一度だけ…。璃玖からキスして…」
璃玖は黙って頷き、もしかするとこれが最後になるかもしれないと、自分から溢れだしそうな感情を抑えつつ、その感触、温度、感覚をすべて記憶するように、ゆっくりと一樹に唇を重ねた。
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