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18.誰のもの

「璃玖っ!」 聖に手を引かれたまま廊下に出ると、名前を呼ばれ璃玖は足を止める。 振り向くとそこには一樹が立っていた。 「お前、どこに行くんだよ」 一樹は焦った様子で聖と璃玖に近づいてくるが、その顔は眉間に皺が寄っていて璃玖には怒って見えた。 「えっと…」 その鬼気迫る一樹の様子に璃玖は言葉を詰まらせると、聖はまるで璃玖を隠すように、わざと一樹の前に立ちはだかった。 「ごめんね、一樹君。璃玖君には僕が日本にいる間、お世話係になってもらうんだ」 「お世話係…?本当なのか璃玖?」 「う、うん…」 お世話係になるとは一言も聞いてはいなかったが、璃玖は状況がうまく説明できなったため、とっさに聖と話を合わせる。 「俺、そんな話、全然聞いてないけど…」 「僕が璃玖君に黙っていてってお願いしたからね」 「なんでそんな…。どういうことだよ璃玖…聖さんと知り合いだったのか?」 「えっと、その…」 どこから説明すればいいか璃玖は戸惑っていると、聖は璃玖を掴んでいた手を放し、今度は璃玖の腰に手をまわす。 「璃玖君。時間があまりないから、荷物をまとめてロビーで待っていてくれる?一樹君には僕から話すから」 聖は一樹を横目でチラリと見つめながら、まるで見せつけるように一樹にも聞こえる声で璃玖の耳元で伝える。 「わかりました。ごめんね、一樹。僕、急いでいるから」 「おい、璃玖!」 璃玖は聖が伝えてくれるという言葉を信じ、一樹の呼びかけに振り返りもせずロッカールームに荷物を取りに走っていってしまった。 一樹は慌てて追いかけようとすると、聖がさらに行く手を阻むように目の前に立ちはだかる。 「…どういうつもりですか?聖さん…」 「別に。ほら、君はスタジオに戻りなさい。リハーサルまでに振り付け完璧にしないと、容赦なく僕のステージにはあげないからね」 「事情を話すつもりはないんですね。…あいつをどうするつもりですか?」 初めて会った時に向けられた憧れの目とは明らかに違い、相手を牽制する目を向ける一樹の様子に思わず聖は広角をあげる。 年上で先輩の自分に必死に対抗しようとしている一樹の様子に、聖は内心ワクワクしてしまっていた。 さらに煽ってみたくなり、意地悪く笑いながら聖は言葉を重ねる。 「言っておくけど、僕のところに来たのは彼の意思だからね」 「なんで璃玖があなたのところに行くんですか?!」 一樹は感情的になり声を荒げる。 「君には分からないかもね。そうやって感情をむき出しにして、自分のものだと子供のように主張している限りは…」 「なっ…!」 「僕は、君では璃玖君をダメにしてしまうと判断した。だから璃玖君は借りるよ。といっても返す、いや帰るかどうかは彼次第だけどね」 「聖さんは何を考えて…あいつをどうするつもりですか?」 「僕?恐らく君と同じことだよ」 「同じ…?」 「いや、君以上かな。璃玖君に一目会った時から…」 直接的な言葉を使わず含みをもたせた言い方で笑って話す聖は、自分を苛立たせようと煽っていると一樹は気づき、怒りを鎮めるため一旦一呼吸おく。 落ち着いたところで聖にさらに一歩近づき、一樹は聖を見上げながら睨みつける。 「これだけははっきり言います。…璃玖は俺のものです」 一樹は迷うことなく、聖の目を見てはっきりと断言した。 「そっか。うん、今はそうやって思っていればいいよ。まぁ、今は本当にそうだったとしても、彼は遠くない未来、僕の元に必ずくるよ」 「そんなわけないじゃないですか。俺は璃玖と約束しているんです」 「約束…?」 その言葉を聞いた聖の顔が急に曇り、冷ややかな目に変わったことで一樹は背筋に冷たいものを感じた。 「君たちの約束なんて僕には何も関係ないよ」 「それこそ俺たちの約束に聖さんは関係ないです」 「…それも…そうだね。でも口約束ほど脆いものはないよ」 そう言った聖は先ほどよりさらに冷ややかな目をして、一樹の唇を形をなぞるように親指で撫でる。 そんな聖の手を一樹は掴み、払いよける。 「そうかもしれません。でも俺達にはもっと強い約束が…」 言葉を続けようとしたが、璃玖が会ったばかりの聖に自分がΩであること、番になろうと約束したことまで話したとは思えず、一樹は言いかけてやめる。 「ふっ、契約書でも書いたのかな…?それとも…」 「…」 「さすがにそこは言わないんだね」 「聖さんは…どこまで璃玖のことわかっているんですか?」 「さぁ?僕は今日初めて璃玖君と会ったくらいだからね」 「じゃあ…なんで璃玖なんですか?」 「そうだね…。君は璃玖君じゃなくてもいいかもしれないけど、僕は彼じゃなきゃダメなんだ」 「俺だってそうです。だから絶対璃玖は手放しません」 「まだまだ青いね。いつかその時がきたらわかるよ…」 しばらく二人の間に無言が続くと、スタジオからいなくなった一樹を探して伊織が出てきた。 「一樹いた!もうやっぱり、すぐどこかにいっちゃう」 伊織は一樹に駆け寄り、先ほどの休憩時間の時のように一樹に腕を絡める。 「ちょっと今大事な話しているから腕離せって…」 一樹は苛立ちを隠さず腕を振り払おうとするが、伊織は身体を密着させて離そうとしない。 「やだよ。またどっかにいっちゃうんだから」 「本当に仲がいいんだね。じゃあ伊織君、一樹君をよろしくね。それと…君たち二人には期待しているから」 「はーい」 伊織は満面の笑顔で聖に返事をする。 「じゃあ午後から振付師がここに来る手筈になっているから、練習頑張ってね。リハーサルを楽しみにしているよ」 聖は笑いながら一樹と伊織に手を振ってエレベーターに向かう。 「ちょっ…まだ話しは!」 一樹は聖を追いかけようとするが、伊織が全力でスタジオに戻そうと引っ張り阻止されてしまう。 「ほら一樹!社長が呼んでいるよ!」 聖はエレベーターに乗り込み、行き先ボタンを押す。 壁に寄りかかりながら、一樹と伊織の様子をほくそ笑みながら扉が閉まりきるまで見つめていた。 「さて…どうしようかな」 聖は一人、エレベーターの中でそっと呟いた。

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