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21.隼人
コンッコンッ
璃玖は音のした方を見ると、顔を見ることが出来なかったが、男性と思われる手が車の窓ガラスをノックしていた。
(み、見られた!)
聖が璃玖の上で馬乗りになっている体勢は、誰が見ても何か言い訳できる状態ではなく、もし週刊誌にでも撮られたらと璃玖はあたふたしてしまう。
「なんだ|隼人《はやと》か」
そんな慌てる璃玖を全く気にしない様子で、聖は璃玖に馬乗りになったまま助手席の鍵を開けた。
するとドアが開き顔をのぞかせたのは、聖とそれほど歳は変わらなそうだが髪は短髪でガタイのいい男性だった。
「聖…。お前、なにやってるんだよ」
聖に隼人と呼ばれた男性は、呆れ顔で璃玖と聖の顔を交互に見比べる。
「混ざる?」
「バーカ。早く降りて来い。いつまで俺はお前を待てばいいんだよ」
「えー、もうそんな時間?楽しくってついね」
聖はやっと璃玖の上から退き、まるで今までのことがなかったかのように運転席に戻り荷物をまとめ始めた。
そんな聖の変わり身の早さにあっけにとられつつ、璃玖も起き上がろうとすると、隼人からスッと手を差し出される。
「おい、大丈夫か」
璃玖はシートベルトを外し、隼人に差し出された手を取ると、その大きな手でグイっと引っ張ってくれて、上半身を軽々起き上がらせてくれた。
「ありがとうございます」
素直に璃玖は笑顔を浮かべお礼を言うと、まるで驚いたかのように隼人は目を丸くした。
そして、すごい勢いで璃玖は手を隼人の両手で握られてしまう。
「えっ?!あの、どうかしましたか?」
璃玖は急に握られた手に驚いてしまうが、その手はすぐに離された。
「あっ、いや。すまない。この業界長いと、そうやって笑える子と出会うことあまりないからさ…。自然でいい表情しているな」
「そう…なんですかね?ありがとうございます」
璃玖は褒められたのかわからず、素直に喜んでいいことなのか悩んでしまい、首を傾げつつお礼を言う。
「うっ…!」
璃玖が見せる何気ない仕草が隼人には愛くるしく見え、にやける顔を隠すため隼人は手で顔を隠した。
「璃玖君ー、気をつけてね。そいつ小動物とか無類の可愛いもの好きだからー」
「可愛いもの…好き…」
つまり隼人にとって自分は小動物と同様なのかと思い、璃玖は複雑な気持ちになる。
「誤解を招く言い方をするな。しかし、いくらなんでもこんな汚れていない真面目そうで幼気な少年を…」
「隼人、人をまるで犯罪者みたいに言わないでくれるかな。お前の言い方のほうがよっぽど気持ちが悪い。まぁ、璃玖君はたしかにいい子だけど、まだ手は出してないよ」
「まだって…。これからってことか?そんなこと許さないぞ!」
「お前の許可は必要ないだろ。ちなみにお前は手を出すなよ。なんて言っても相良先輩の生徒だからな」
「えっ…。相良先輩って…あの?聖、もしかして今日、相良先輩に会ったのか?」
「…会ったよ」
「…。そっか…。まぁ事務所行けば会う可能性はあったもんな」
「…」
相良の名前が出た途端、先ほどまであんなに騒がしたかった雰囲気が急に時が止まったかのように無言になった。
いつもの璃玖であれば相良のことを質問してしまっているところだが、レッスン時の聖と相良のやりとりを見ていたため、さすがの璃玖もここで口を挟むべきではないとやめておいた。
しかし、この状況でこのままここにいて会話を聞いていいのかわからず、黙ったままの二人の顔を交互に見て璃玖は小さく声をかける。
「えっと…僕は席を外した方がいいですかね?」
「おっと、ごめん、ごめん。璃玖君も一緒に車から降りてついて来て。ポスター撮りに参加してもらうから」
(参加…。手伝いってことかな?)
「わかりました」
「ほら、隼人はトランクから僕の荷物出して」
「へいへい」
隼人は面倒くさそうに頭を掻く素振りをしながら車のトランクに向かう。
「僕も手伝います」
自分の荷物を持って璃玖は車から降り、急いで隼人の後を追いかける。
「いいよ、璃玖君。重いものを持って痣でも出来たら大変だから」
「えっ、でも…」
「聖、俺なら痣が出来てもいいのかよ…」
隼人はふて腐れたようにわざと乱暴にトランクを開け、トランクの中から重たそうな大きめのスーツケースを取り出した。
「重っ!なんだよ、スーツケースなんてホテルに置いてくればよかったのに」
「昨日、ファンの子にホテル特定されちゃったから、僕だけホテル変えるんだよ。それに、今日からはしっかりとした防音も必要だしね」
「防音?なんでそんなもんが必要なんだよ?」
「隼人には秘密だよ。璃玖君の可愛い声は僕だけのものだしね」
「聖さんっ!」
「冗談だよ」
そう言って聖は悪戯に笑いながら、エレベーターの方に一人で歩いて行ってしまった。
「璃玖…って呼んでもいいかな?後で俺の番号教えるから、聖から逃げたくなったら言えよ」
隼人はまるで同情するかのように、璃玖の背中をポンと叩き、スーツケースを担いで聖を追いかけていく。
(なんだが色々誤解されている気が…)
隼人に聖との関係がどのように認識されているかわからなかったが、脅されて曲を作る約束をしたとも璃玖は言えず、黙って後ろからついていくことにした。
「隼人ー。僕の荷物も持ってー」
聖は肩にかけていたバックを隼人に差し出す。
「お前…。たかがバックひとつじゃないか。そんな重くはないだろ」
「隼人の怪力は僕のためにあるんだろ」
「はいはい」
隼人は仕方なさそうに聖からバックを受け取る。
二人の仲良さそうな話ぶりからして、璃玖には仕事仲間というより友人のように見えた。
エレベーターホールに到着し、エレベーターが来るのを待っている間に璃玖は質問をする。
「あの…。お二人はどういう?」
「そうか、自己紹介がまだだったな」
「隼人はこんな見た目だけど、僕の専属のヘアメイクアーティストなんだ。普段から僕のファッション全般を任せているんだ」
「こんな見た目は余計だよ」
どちらかというと芸術面よりはスポーツの方が得意そうに見える隼人がヘアメイクアーティストときいて、正直璃玖は少々驚いた。
「璃玖君、顔に似合わないって書いてあるよ」
「そんなことは!」
あいかわらず聖には璃玖の心がまるで読めるかのように言い当てられてしまうが、璃玖は必死に顔の前で手を左右に振る。
「いいよ、璃玖。俺自身が似合っていないの一番わかっているから」
「うー…そんなつもりは…」
「でも、隼人のセンスと腕は確かだから任せちゃって大丈夫だよ」
「ん?任せるって何をですか?」
エレベーターが到着し三人で乗り込むと、スタジオと書かれた三階のボタンを隼人が押しドアが閉まる。
「それは今から教えてあげるよ」
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