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22.魔法
「あの…これは一体…」
「ん?だからポスターの撮影だけど」
「いや、そういうことじゃなくて…。どうして僕まで鏡の前に座らされているんですか?!」
聖と隼人の後ろについていき璃玖が辿り着いたフォトスタジオは、窓はないが、いくつもの照明が天井から吊り下げられていて、白い大きな布がかけられた作りだった。
しかし、璃玖のイメージではもっとそこかしこに機材や小道具などが溢れているものだと想像していたが、中央にカメラが設置され、その前にカウチソファーが置かれただけのシンプルなものだった。
しかも、隼人が聖待ちだと言っていたため、中でスタッフがたくさん待っているかと璃玖は思っていたが、何度見回しても誰一人いない状態だった。
「あれ?撮影って…今日これから、ここでやるんですよね」
「もちろん。ただ、今日は僕たちだけで撮影するよ」
「え?じゃあ誰が撮影するんですか?」
「僕が遠隔操作でシャッターを切るんだよ」
「えっ?聖さん自身がですか?!」
璃玖は自分自身撮影されたことはないが、よくスターチャートの事務所で先輩達が雑誌の撮影などしているのを見かけていた。
そのため、そういう撮影にはたくさんのスタッフやカメラマンなど、それぞれのプロが行うのが当たり前だと思っていたため、璃玖は目を丸くして驚いてしまう。
「ったく、なんの思いつきなのか、さっきまではテストのためにカメラマンやアシスタントがいたんだけど、聖から全員帰しておけって命令でさ。普通そこまでしないよなぁ。おかげで仕事終わりの俺のお楽しみが…っていたたたっ」
「隼人、璃玖君の耳を腐らせたいの?」
聖は隼人の耳たぶを思いっきり引っ張りながら睨みつける。
聖にそう言われ、隼人は璃玖の顔をみると、幼さが残る顔つきの璃玖は何故自分の方を見られいるのかわからないといった様子だった。
隼人は大抵自分のお気に入りを見つけると、男女問わずその日限りの相手に誘う習慣があったが、そんな話は璃玖に聞かせるものではないと気づき頭を掻きつつ反省した。
「…。失礼しました」
隼人が何故謝ったのかわからず、璃玖は首を傾げてしまうが、すぐになにか思いついたように「あっ!」とそのまま手を叩いた。
「聖さんが僕に参加してって言っていたのは、やっぱり人手が足りないからなんですね」
璃玖はやっと何故自分が撮影に参加するのかという疑問が解けて、満足そうな笑みを浮かべる。
その璃玖の様子を見て、聖と隼人は顔を見合わせお互いに笑みを浮かべると「とりあえずメイク室かな」と聖が言い、三人で奥に併設されているメイク室へと向かった。
「じゃあ、璃玖君はとりあえず適当に座って待っていて」
「わかりました」
璃玖はとりあえず聖と隼人の邪魔にならないように、隅っこに置かれたソファーに荷物と一緒に腰掛けた。
「隼人、衣装の用意は出来ているんだよね?」
「はいはい王子様。ご希望のもので揃えましたよ。ったく、今日になって急に撮影するって言い出すなんてバカだろ」
隼人は愚痴るように言いながら、抱えてきた聖の荷物を璃玖の横に置いた。
「何か言った?」
鏡の前の椅子に足を組んで座った聖は、鏡越しに隼人に向けて笑みを浮かべていた。
「いえ、何も…」
決して聖の顔を見ないようにしつつ、隼人は着ているシャツの袖を捲り、慣れた様子でヘアメイク道具をセットしていった。
「衣装はシャツだから先にメイクと髪、セットするぞ」
「了解。あっ、璃玖君。君はしっかりプロの仕事を見ておいてね。僕のレッスンの時みたいにボーっとしていたら許さないからね」
「は、はいっ!」
聖と鏡越しに目が合い、璃玖は今日の聖のレッスンを考え事をしていて後半を見ていなかったことをしっかり釘を刺されてしまう。
(僕が集中して見ていなかったのバレてたんだ…。あんな離れていたのに)
「ははっ。聖も手厳しいな。でも璃玖、俺の仕事をこんな間近で見学できるなんてラッキーだから、しっかり見ておけよ」
「よく言うよ」
「ほんとのことだろ。聖を一番かっこよく出来るのは俺だからな」
「はいはい、頼りにしているよ」
聖と隼人は冗談を言い合うようなテンポのいい会話に、璃玖はついついにやけてしまう。
「なんだかいいですね。お二人の信頼し合っている関係、憧れます」
二人がお互いを認め合って仕事をしている関係に璃玖は純粋に羨ましくなった。
すると、ふとした考えが頭をよぎる。
(僕と一樹は…なんだか違う気がする)
何が違うのか璃玖には明確にわからなかったが、目の前の二人の関係とは何かが違うように感じられた。
「璃玖って…本当にいい子なんだな」
隼人は、目を輝かせながら恥ずかしがる様子もなく思ったことを言葉にする璃玖に感嘆し、ついつい聖の髪にヘアクリップをセットしようとしていた手が止めてしまう。
「ほら、隼人!さっさと仕事しろ」
手を止めている隼人に、聖は催促するように机を指で叩き、苛立ちを伝えた。
「わかったよ。ほんじゃ始めますか」
隼人はそう言って聖の前髪をヘアクリップで留め終えると、両目をゆっくりと瞑った。
数秒後、隼人は目を開けると、その表情は凛とした真剣なものにガラリと変わり、空気は張り詰めたものになった。
そのまま隼人は一言も喋らず、迷うことのない手つきで聖にメイクをしていく。
聖の顔にちょっとした陰影や色を入れていくことによって、聖の整ったパーツはさらに際立たされていった。
また、聖は穏やかな印象だったが、だんだんと男の色気がより感じられる印象に変わっていき、その工程はまるで隼人が魔法でも使っているように璃玖の目には映った。
(これがプロ…)
その様子を璃玖が時間を忘れ感動しながら見入っているうちに、無駄な動き一つない隼人は聖の髪のセットまであっという間に終わらせた。
「はい、完成。どう?文句は?」
出来上がりに満足そうな顔をした隼人は、大きな二面鏡を聖に向けて開き、合わせ鏡にしてセットされた髪全体を聖に確認させる。
聖は襟足の仕上がり具合までしっかり確認し、その出来栄えに満足したのか聖もにやりと笑った。
「問題ないな」
「それは何より」
聖の一言に安堵したのか、隼人は息をつくように空いていた椅子に座り、胸ポケットからタバコを取り出し火をつけて吸い始めた。
「さて…。それで、どうだった璃玖君?」
聖は椅子を回転させ璃玖のほうを向くと、璃玖の顔はまるで何か不思議なものでも見たような顔をしていた。
「すご…かったです…。隼人さんが魔法使いみたいで、見入っちゃいました」
「魔法使い…ハハッ!」
隼人は璃玖のあまりに素直な感想に、思わず笑いが溢れてしまう。
「あれ、僕、変なこと言いましたか?」
「いや…。璃玖、ごめん笑ったりして。うん、俺にとって最高の誉め言葉だよ」
「じゃあ、そんな魔法使いの隼人に璃玖君も魔法をかけてもらおうね」
「えっ?」
聖は急に立ち上がると、璃玖の元へ歩いていき、璃玖の手を掴んだ。
そして、そのまま引っ張っていき、有無を言わさず鏡の前の椅子に璃玖を座らせ、鏡のほうを向かせた。
「はっきり言ってさぁ…今のままだと璃玖君、地味なんだよね」
椅子に座った璃玖の髪の毛先を弄りながら、聖は後ろから鏡越しに璃玖の顔を見て、淡々と伝える。
「うっ…。そ、それは自分でも分かっています…」
璃玖は他の研修生に地味だとか一樹の隣には相応しくないと言われていることは知っていた。
だが、さすがに面と向かって言われたのは聖が初めてで、璃玖はショックで鏡を見ていられず、下を向いてしまう。
「ほら、また下を向く!!璃玖君は、ちゃんと自分の顔、鏡で見たことある?」
聖は強い口調で言うと、璃玖の頭を両手で掴み、無理やり鏡に顔を向かせる。
「ほら、ちゃんと見てごらん!僕はね、本当の君は決して地味だとは思わないよ!」
「えっ?」
「そうだろ!隼人?」
「あ、あぁ」
聖が感情を露わにした、らしくない様子に隼人は驚きつつ璃玖に鏡越しに強く頷いて見せる。
「ねぇ、璃玖君の家族か親戚に美形な人っていない?」
「美形…そんなすごい言い方出来る人は…あっ!」
璃玖は写真に写っていた祖母のつばきを思い出す。
古くて色褪せてしまっていた写真だったが、男性とは思えないくらい細身で中性的で、とても綺麗な顔立ちだった。
「やっぱりいるんだね。スターチャートの社長は、そうやって受験生の将来性を見ることに長けているから、君は合格できたんだと思うよ」
「で、でも…僕に全然似ていないですよ。ほらっ」
璃玖はマンションにあった祖父母と楓の写真をスマホで撮っておいたことを思い出し、写真を表示させたスマホを聖に手渡した。
「ふーん…なるほどね。たしかに飛びぬけて美人だね」
「えっ、美人?!どれどれ」
隼人も興味をもったのか、椅子から立ち上がり聖が受け取ったスマホの画面を覗き込む。
腰を抱かれている一際綺麗な男性が璃玖の祖母だと隼人にも想像はついたが、隼人はふとした疑問を投げかける。
「たしかに美人だ…。でも男ってことは、璃玖のばあちゃんってΩだったのか?」
(しまった!)
女性以外に妊娠できるのは男性のΩだけということを忘れていた璃玖は、安易に祖母の存在を明かしてしまったことに後悔する。
璃玖は内心、このまま自分もΩだと感づかれてしまうかもしれないとドキドキしてしまう。
だが聖は璃玖に黙ってスマホを返すと、そのまま隼人の肩に手を置く。
「なぁ、隼人。僕が今日何をしようとしていたか、だいたい想像ついているんだろ」
「ああ、なんとなくは…。お前が急に撮影やるだとか、スタッフ全員帰せだなんておかしいと思ったし。そこまで秘密にしようとする理由まではわからないけど」
「顔出しはまだ早すぎるってだけさ。で、隼人なら出来るよな。僕が求めていること」
「それはもう、やれってことだよな」
「正解。隼人だって、こんな写真見せられたら、やってみたくてしょうがないだろ」
璃玖の予想に反して、二人は全く違う話を璃玖を置きざりの状態で始めてしまう。
「聖さん?隼人さん?」
「ああ、興味が沸いたよ。そうだな、璃玖は色気を前面に出していったほうがいいな」
「その意見は僕も賛成だね」
「え?色気??」
璃玖は隼人と聖の会話に全くついていけず、交互に二人の顔を見るが、お構いなしにそのまま話を続ける。
「隼人の中で構想は出来ているんだろう?だったら、あとはお前に任せるよ。ただし、最高のものにしろよ」
「わかっているよ」
いつのまにかタバコを吸い終えていた隼人は、ズボンのポケットから携帯灰皿を取り出し、吸い殻を捨てると、聖に変わって鏡の前に座っていた璃玖の髪をまるで質感を確認するように触り出す。
「璃玖はどこかとスポンサー契約とかCMの予定とかないよな?」
「それはないですけど…。えっ?一体何が始まるんですか?」
「んじゃ、髪も好き勝手弄っても大丈夫だな」
「だから一体…」
「じゃあ僕は着替えて先にスタジオいるから。隼人、あとはよろしく」
「えっ、ちょっと聖さん!」
「璃玖君、隼人にとびきりの魔法をかけてもらいな。そうすれば…きっと君に足りないものが見えてくるよ」
そう笑って言い残して聖は璃玖を置き去りにしてメイク室を出て行ってしまった。
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