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23.撮影 前編
メイク室の扉を開けた隼人は、聖を探すためスタジオ内を見回す。
すると、端っこのほうで聖の後ろ姿を見つけ「おーい、聖」と隼人は声をかけると、振り向いた聖は電話中で、隼人に軽く手を挙げて合図を返した。
用事はすぐに済んだのか、電話を終えた聖はメイク室に近づいていく。
「わりぃー。電話中だった?」
「終わったからいいよ。それで?隼人の納得いくものは…出来たみたいだね」
隼人が浮かべる笑みから、返事を聞かなくてもいい仕事が出来たことが伺えた。
隼人は自分の仕事にこだわりが強く、ここ数年、聖以外と仕事をすることは滅多になかった。
数々のコンテストの受賞経験を持ち、世界的に有名なブランドのファッションショーの仕事依頼などが引っ切り無しに来る実力を隼人は持つが、ブランドイメージやスポンサーに縛られることを嫌うため、ほとんどの仕事を断っている。
我儘だと陰口をいう輩もいるが、聖は隼人の腕も自分のポリシーを貫ぬこうとする強さも認め、尊敬しているからこそ一緒に仕事をしてきている。
しかし、自分以外にヘアメイクをして満足気な笑みをする隼人を見たことがなく、聖は正直驚きつつも、隼人の何か扉が開いた気がしてなんだか嬉しい気持ちになった。
「隼人のそんな満足そうな顔を見れて、僕も嬉しいよ」
「バーカ。何、璃玖みたいに恥ずかしいこと言ってんだよ。だいたい、璃玖のこと俺に内緒で連れてきやがって」
「それはごめんって。だって先に話したら隼人は撮影にも来ないかもって思ってさ」
実は今日の撮影に璃玖が一緒だとは隼人に聖は伝えてはなかった。
隼人が璃玖に会えば絶対にヘアメイクをしたくなるだろうと聖は予想はついていたが、まず会わせないことには始まらないため、あえて黙っていたのだ。
「ったく。一つ貸しだからな。でもまぁ、お前のおかげで久々にいい仕事したよ。サンキューな」
「それはなにより。それで?その渾身作の璃玖君は?」
隼人をこんなにも嬉しそうな顔にさせる璃玖の仕上がりを、聖は早く確認したくメイク室を覗き込むが、璃玖の姿は見当たらなかった。
「あぁ、今着替えているはず。おーい璃玖、さっさと出てこいよ」
「隼人さん、ちょっと待ってください。着替えにズボンが見当たらないんです」
「着替え?」
どうやら璃玖はメイク室の中央に立てられたパーテーションの裏で着替えているようだった。
だが、聖は隼人にあえて璃玖が来ることを伝えていなかったため、璃玖の分の衣装は事前に届くように手配せず、後から聖のマネージャーが持ってくる手筈になっていた。
そのため璃玖の衣装はまだここにはないはずで、聖は首をかしげる。
「残念だが、その格好にズボンなんてねーから。さっさと出てこい」
「そんなバカな!こんな格好で出られるわけないじゃないですか!」
「いいから、早くしろって」
隼人はパーテーションの裏に向かうと、璃玖を引っ張って連れてこようとする。
「ちょっ、隼人さん!待ってくださいよっ!」
璃玖の散々抵抗する声が入り口に立つ聖にも聞こえてきたが、隼人の引っ張る力に璃玖が敵うわけがなく、隼人に腕を引かれ璃玖はパーテーションから出てきた。
そして、その姿に聖は目を見張る。
「これは…予想以上だね」
現れた璃玖は、艶のある黒髪はそのまま生かしつつ、重たく見えないように軽くパーマをかけられ、前髪は短めにカットされていた。
メイクと相まって、璃玖の丸っとした目元がより強調され、肌の白い璃玖によく似合っていた。
「しかし…。髪とメイクはたしかに似合っているし、印象も変わったけど…。璃玖君のその格好は…隼人の趣味?」
「俺の自前シャツだけど、聖に負けない色気出すならこれかなって」
璃玖は白いシャツを着させられていたが、隼人のもののせいでサイズはもちろん合うわけもなく大きくブカブカで、しかも下は裸足でズボンをはいておらず、膝がシャツの裾で見えるか見えないかぐらいになっていた。
「隼人さん、絶対この格好はおかしいです…」
璃玖の片手は隼人に掴まれているため、反対の手で璃玖は顔を真っ赤にしながら必死にシャツの裾がめくれないように裾を押さえていた。
「安心しろ、璃玖。よく似合っているぞ」
「そんなわけ…」
「まぁ、たしかに似合ってはいるけど…」
「聖さんまでっ!」
「だろ。ほら、俺がやったんだから璃玖は自信持てって」
「そんなこと言われても…だいたい、なんで僕まで着替えたりメイクしたりするんですか?」
「そりゃ、写真撮るからだろ。ほら、とりあえずスタジオいくぞ」
「そ、そんなっ」
「ほらよっと」
抵抗する璃玖を、隼人は聖のスーツケースを運ぶようかのように肩に担ぎ持ち上げた。
「隼人さん!下ろしてくださいっ!」
「暴れたら落ちるからな」
「うっ」
隼人に低い声で言われた璃玖は抵抗出来なくなり、仕方なそうに大人しくする。
そのままスタジオのカメラの前に置かれたアンティークを思わせるデザインが特徴的なカウチソファーまで璃玖を隼人は担いでいくと、そっと璃玖を下ろし、そのままソファーに座らさせた。
カウチソファーには事前にセットされた照明が当てられていて、座らされた璃玖はその明るさでより自分の格好が鮮明にされた気がして、さらに羞恥心が上がってしまい、縮こまり俯いてしまう。
そんな璃玖をよそに隼人はカメラのある位置まで下がり、璃玖の仕上がりを改めて確認する。
璃玖のシャツから見え隠れする白い肌は照明によってより強調され、視線を逸らしつつ紅潮した顔と、シャツの裾から見える細い足がなんとも優艶な雰囲気を醸し出し、まさに隼人のイメージ通りだった。
「うーん…生足いいな…。いたっ」
隼人が顎に手を当てボソッと呟くと、聖に後ろから叩かれてしまう。
「バカなこと言ってないでさっさと出て行け。お前は廊下で誰も来ないか見張り」
「えー!俺、こんなに頑張ったのに…。見学くらいさせてくれよ」
「こんな璃玖君を見てて、お前が平常心でいられるとは思えないからね。お前の性癖に口を出すつもりけど、璃玖君は駄目だ」
「ちぇっ。まぁ、たしかに…否定は出来ないな。んじゃ、必要な時は呼んでくれ。聖も璃玖に手を出すなよ」
「僕は出さないよ、絶対に」
「絶対…か。じゃあ、お前をそこまでさせる理由はなんだろうな」
「それは内緒」
「あっそ。けっ、この秘密主義め!じゃあ璃玖、またあとでな」
隼人は璃玖に声をかけると、俯いていた璃玖は明らかに不安そうな顔をして焦ったかのように顔を上げた。
「えっ?隼人さん、どこかにいっちゃうんですか」
「この撮影はどうやら極秘らしいからさー。俺は廊下で見張り役。じゃあ頑張れよ、璃玖」
「そ、そんなっ」
璃玖に近づき隼人は璃玖の肩を軽く叩くと、そのまま聖と廊下への扉に向かって話しながら歩いていってしまう。
二人が扉の前に到着しても何か話し込んでいるように璃玖から見えたが、程なく隼人は璃玖と聖を二人きりで残して、本当にスタジオから出て行ってしまった。
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