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24.撮影 中編
聖は扉の鍵を閉め振り向くと、璃玖の方へゆっくりと歩きだし、事前に設置されていたカメラの横で立ち止まった。
だが、聖はいつもの笑みは浮かべず、黙ったまま璃玖の姿を頭の先から足先までゆっくりと、まるで観察するかのように璃玖を見つめた。
「聖…さん?」
何も言わずにただ見つめるだけの聖に不安になり、璃玖は声をかける。
「璃玖君、肘置きに体重かけて横になってみて」
「えっ?だって今日は聖さんの撮影じゃ…」
「いいから、ほら」
「うぅ…」
璃玖はわけがわからなかったが、有無を言わせない聖に逆らえず、言われた通り、肘置きに背中を預けて横になった。
すると聖は璃玖に近づき、腕の位置や顔の角度をいじってはカメラの画面を確認するという作業を何回か繰り返すと、急にシャッターを切った。
「聖さん、なんで僕なんか撮って」
「いいから…黙って僕の言った通りにして。そのままカメラのレンズ見て…」
璃玖は仕方なく、また聖に言われた通り、黙ってレンズを見つめた。
だが、撮られることに慣れていない璃玖は、シャッターの音やストロボによってどんどん緊張していき、顔や体につい力が入ってしまい、表情も硬くなっていってしまう。
その変化に聖も気づき、シャッターのボタンを押す手を止める。
「璃玖君、一度目を瞑って」
「目をですか…?」
「そう」
璃玖は聖に言われた通り、目をそっと瞑った。
「そうしたら、カメラのレンズの先に一樹君がいると想像してごらん」
(一樹が…)
「さぁ、ゆっくり目を開けて…」
聖に言われた通り、一樹がいると考えてから目を開けると、璃玖は不思議と肩の力が抜けていた。
「うん。そのまま、一樹君が見つめていると思ってもう一度レンズを見て…」
聖の穏やかな声がまるで催眠術のように璃玖には聞こえ、目線の先はカメラではなく、本当に一樹が立っている気がしてきた。
そのまま何枚か写真を撮ると「ちょっとそのまま待っていて」と言って、聖はスタジオの後方にセットされていたデスクトップパソコンに立ったまま操作を始めた。
「璃玖君、こっちにきて見てごらん」
聖に手招きされ、璃玖はソファーから上体を起き上がらせて立ち上がると、聖のもとに向かい、言われた通りパソコンの画面を聖の横から覗きこむ。
聖がマウスを操作すると、画面には今さっき撮影されたばかりの璃玖の写真が何枚も映し出された。
「これって…」
璃玖は驚き、目をパチクリさせる。
聖がマウスを操作するたび、映し出される写真は変わっていくが、どれも普段鏡で見る璃玖自身とは全く違い、まるで別人のように璃玖には感じた。
それは、顔は祖母のつばきに驚くくらい似ていて、どの写真も綺麗だと思ったからだ。
「どう?感想は?」
「…。びっくりしました。僕じゃないみたいで…。お祖母様にそっくりだ…」
「でも、今ここに写っているのはお祖母様ではなく、間違いなく璃玖君だよね。璃玖君もお祖母様に負けないくらい綺麗なんだってわかってくれた?」
「綺麗…」
言われ慣れていない言葉に璃玖は思わず復唱してしまい困惑してしまう。
「そう、璃玖君はすごく綺麗だ」
「そんな…僕が綺麗なわけ…聖さんが写真を撮るのが上手だから…」
聖は首をゆっくりと横に振る。
「見ての通り、ただの設置されたカメラだよ。僕の腕じゃない。もちろん、写真じゃなくても実物も璃玖君は綺麗だし、人を惹きつけるものを持っているよ」
「僕にそんなものが…」
「言っただろ。僕は璃玖君の魅力を最大限に引き出すって。正直、この仕上がりは想像以上だったけど、たまには僕の言うこと信じてもいいんじゃない?」
そう言って聖は柔らかく微笑むと、璃玖の頭にポンっと手を置き、優しく撫でた。
そして、そのまま聖は真剣な顔に表情を変え、璃玖の目を真っ直ぐ見つめた。
「ねぇ、璃玖君…」
「はい」
「一樹君や伊織君にはあって、璃玖君にはないものってなんだと思う?」
「ないもの…」
(ダンスの腕前、愛嬌、外交的、積極性…)
聖に言われて璃玖は考えてみるが、ないものをあげるとなると数えきれない気がして、自分の駄目さを再認識しなくてはいけなくなってしまい、璃玖の表情が暗くなってしまう。
「あっ、その顔は、どうせ自分なんかって考えになったんだろ」
璃玖の考えはまんまと聖に言い当てられてしまいう。
聖は璃玖の両頬を軽く掴み、暗い表情の璃玖を無理矢理口角を上げさせる。
「うっ…。ひゃって…」
「だっては禁止。だってって言うたびに今度から鼻をつまむよ」
頬を掴んでいた聖の手は、今度は璃玖の鼻をつまみ、弾くようにして離された。
「うぅ…。だっ…じゃなくて、僕にはないものなんて沢山ありすぎてわからないです」
「沢山…ね。僕はね、さっきの撮影の時も、初めて璃玖君と一樹君が踊っているのを見た時も、璃玖君は一樹君にだけ見てもらおうとしているなって思ったんだ」
「一樹にだけ…?そんなことは…」
「ない?」
璃玖は『ない』とすぐに否定しようとするが、たしかに自分自身を一樹以外の誰かに見て欲しいと思ったことが一度もなかった。
一樹に見てもらい、追いつくことばかりを考えている無意識の行動だったことに気づき、璃玖は返す言葉が見つからなくなってしまう。
「この写真はさ…綺麗なんだけど、どれも目を引かないんだ。なんでかわかる?」
璃玖は分からず、すぐに首を横に振る。
「写真から、自分をもっと見てほしいって気持ちが全く伝わってこないんだ。まぁ、レンズの先に一樹君を想像してって僕が言ったからでもあるんだけど…。でもね、普段の璃玖君自身からも伝わってこないんだ」
「僕を見てほしい気持ち…」
「そう。璃玖君の目には一樹君しか見えていない。自分のことを見て欲しくない人に、ファンはもちろん、スタッフでさえついてこないし、デビューなんて出来ないよ。どんなに君たちが頑張ったとしても…」
「そんな…」
「僕は璃玖君に自分を魅せる方法を教えて、自信をつけさせたい。でも、璃玖君がみんなに見て欲しいっていう気持ちがないと誰も振り向かない。璃玖君自身が変わらないと」
「僕自身が変わる…」
「そう…。どうする?変わるのは怖い?」
隼人の優しい声の問いかけに、璃玖はゆっくりと首を振って、真っ直ぐ聖を見つめる。
「…。僕、変わりたいです。もう僕なんてとか、だってとか言わないように、まず努力します。前を見て、色々な人に見てもらうようにします!」
「うん。よかった。そう言ってくれて」
聖は胸をなでおろしたかのように、安堵の笑みを浮かべた。
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