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26.運命

「お待たせ隼人。終わったよ」 聖はフォトスタジオの扉を開け、廊下に出てすぐの所に置かれていたソファーに寝そべっていた隼人に声をかける。 「んっ。あれ、もうそんな時間経ったか…」 「なんだ、寝ていたのか。見張りの意味ないじゃないか。ったく、とりあえず終わったから、中入れば」 「あいよ」 隼人は寝そべっていたソファーから起き上がり、軽く伸びをした。 「んー!よしっ。で、璃玖には手を出したのか?」 「…」 揶揄うかのように笑みを浮かべて聞いてくる隼人に、聖は呆れて声も出ないといった表情で、そのまま開けた扉を無言で閉めようとする。 「あー!待った!!ったく、そう怒るなって。せっかくのイケメンが台無しだぞ」 閉まりそうになる扉に隼人は足を無理やり挟み、そのまま力づくで扉を開け、なんとかフォトスタジオ内に入った。 「ったく、また締め出すなんてひどすぎだろ」 隼人は休憩するかのように、そのまま閉められた扉横の壁に寄りかかった。 「ん、璃玖は?」 一息ついた隼人は璃玖の姿を探すが、セットされていたカウチソファーにもおらず、そのまま辺りを見回すがどこにも姿はなかった。 「璃玖君ならメイク室だよ。まだ作業残っているから、とりあえず着替えて中で待っていてって伝えたんだ」 聖は腕を組んで、隼人と同じように扉に寄りかかった。 「なーんだ、残念。しかも着替えちまったのか。もう一回、璃玖のあの艶めかしい姿を目に焼き付けときたかったのになぁ…。聖もそそられただろ?」 「…お前は自分で手を出したいのか、僕に手を出して欲しいのか、どっちなんだ」 「両方」 隼人は迷いもせずに真面目な顔で即答した。 「あっそ。どうせ僕が手を出したほうがお前は喜ぶんだろ。ったく、そんな璃玖君が餌食になるようなこと、わざわざ僕がするわけないだろ」 「餌食って…。そんな、人をハイエナみたいに言うなよ」 「お前がやっていることはハイエナ以下だけどな」 「その扱いはひどいって…。まぁ、璃玖って顔の作りと肌の感じはたしかに好みなんだけど…まずは誰かのお手つきじゃないとなぁ」 「その変なルール、いつ終わりを迎えるんだろうね」 「さぁーな。運命の子に出会うまでかな」 隼人は誰かのものでないと恋愛対象として興味を持たないということを自分の中でルールとして決めていた。 しかも相手は自分と同じαだけに限定しているのだが、相手が自分のものになった途端、まるでゲームをクリアしてしまったかのように隼人は相手に興味がなくなってしまう。 そんな自分の行いを、隼人はすべて運命のためと言っていることに聖は全く理解が出来なかった。 「まぁ、あと数年たったら俺のポリシー、一つや二つ曲げるかもしれないけど、今はまだ譲れないかな」 「本当にお前は…。ロマンチストなのか、だらしがないのかわからないな…」 「俺は正真正銘、ロマンチストなんだよ。相良先輩たちを見てから、俺はたった一人の運命の子を待っているんだからさ。αに生まれたからには信じたいじゃん。運命ってやつを」 「あっそ…。その運命の子が現れた時に、お前の悪行が全部バレて嫌われて捨てられてしまえばいいのに」 聖は吐き捨てるように冷たく言い放つ。 「でも、運命ならそんなこと関係なく惹かれ合うだろ。俺の過去なんて関係ないって」 楽観時に言う隼人に、聖は半ばあきれた様子で溜息をついた。 「隼人なんかの運命の子は可哀想だな。でも…それでも抗えない運命だっていうなら、僕には呪いのように思えるよ」 「呪いか…。まぁ、聖にとって運命はそうかもしれないな。あーあ、運命の子に会うってどんな感じなんだろう。直感でわかるもんなのかね」 隼人は頭の後ろで腕を組み、遠くを見つめた。 「…。どう…だろうな」 聖も隼人と同じように遠くを見つめた。 「しっかし、聖もよくあんな格好の璃玖を目の前にして手を出さなかったな」 「だからお前と一緒にするな。言っただろ。僕は絶対に手を出さないって」 「それって相良先輩のためか?それとも…璃玖が相良先輩と一緒でΩだからか?」 隼人の口からΩという言葉が出た瞬間、聖は眉をひそめ、壁に寄りかかるのをやめて、隼人を真っ直ぐ見据えた。 「…。やっぱり、お前、璃玖君がΩだって気付いていて、わざとああいう煽るような格好させたんだろ」 「ご名答。璃玖から見せられたあの写真でピンときたよ。璃玖がΩで、聖は相良先輩と重なっちまったんだろうなって。それなら、璃玖が聖のものになるようにお膳立てしないとってさ」 「本当にお前ってやつは…最低だな」 「いやいや、俺は聖を心から心配してんだよ。初恋拗らせて、今だに引きずっているなんて可哀想すぎるだろ」 「僕は引きずってなんかいないよ」 「どうだかな。それに、璃玖も聖がαだから惹かれてついてきたんじゃねーの」 「隼人…」 聖は真剣な声で隼人の名前を呼んだ。 「な、なんだよ」 「璃玖君はΩであること隠そうとしているんだ。気づいていることは絶対に璃玖君には言わないで欲しい」 「そんなこと言ったって、発情期が来たら、遅かれ早かれバレ…」 「隼人…頼む」 聖は隼人の話を遮り、隼人に頭を下げた。 いつも余裕ぶって、何かに熱くなることも滅多にない聖が、そんな行動をしたことに隼人は動揺を隠せずあたふたしてしまう。 「や、やめろよ。言わないから!それに言ったからって俺に得はないし」 隼人は自分の動揺を隠すように腕を組んで顔を背けながら言った。 「…ありがとう、隼人」 安心したように聖は笑みを浮かべた。 「なんだよ。本当に調子狂うな。いつもみたいに命令でもなんでもすればいいだろ」 「じゃあ絶対に言うなよ」 「…。聖って…やっぱりそういう奴だよな…。まぁ、そっちの方が聖らしくていいけどさ。でも、聖は璃玖がΩって知っていてここに連れてきたんだろ」 「まぁ…ね」 「それは…やっぱり、相良先輩と璃玖が重なったからか?」 「それは正直僕にもわからない。ただ…ほっとけなかったかな」 「ほっとけなかった…か。それだけでこんなスタジオ準備したりするもんかね」 「まぁ、出来上がりの写真を見れば、僕がなんで璃玖君をわざわざ連れてきたかわかるよ」 「ふーん」 正直、隼人は璃玖の容姿については認めていたが、璃玖の祖母の写真をみてΩである可能性がわかった時点で、これから研修生としてやっていき、璃玖がデビュー出来るとは思わなかった。 ただでさえ弱肉強食の世界に、Ωで、しかもあんな自信のない性格では、遅かれ早かれ自分から辞めるだろうと隼人は内心思っていた。 それは、隼人も聖や相良と一緒にスターチャートの研修生であり、夢破れ、辞めていった研修生を何人も見てきたからだった。 そのため、聖にパソコンが置かれた机を指差され、隼人はパソコンの前に移動して椅子に座るが、やる気のなさそうにパソコンの画面に目を向けた。 「とりあえず、撮った順番に全部見せるから」 隼人の隣に聖も座り、そのまま聖はマウスを操作して、撮った順番通りに写真を隼人に見せていった。 「これは…思っていた以上にひどいな…。せっかく顔とか体のパーツが綺麗なのに、全く写真の撮られ方がわかっていない。俺が綺麗にしてやった分、余計際立つな…。今時、素人だってもう少しマシだぞ」 璃玖が一人で写っている前半の写真は、いくら璃玖自身が綺麗になっていても、写真の出来栄えがいいものとはとても言えないものだった。 そのため、隼人は飽きてしまい片肘を机について顎を乗せると、さらに興味なさそうにし始めた。 「じゃあここからは?」 そう聖は言うと、今度は聖と一緒に撮り始めた写真を隼人に見せる。 「ん?」 隼人は肘をつくのをやめて、映し出される写真を前のめりに食い入るように見始める。 同じ格好で、同じ角度から撮っているにも関わらず、あきらかに璃玖の表情や仕草が写真の枚数を重ねる度にどんどん変わっていたからだ。 「ちょっと貸してくれ…」 隼人は真剣な顔で聖からマウスを奪い取ると、写真を次々に変えていく。 無言のまま先ほどよりさらに食い入るように写真を見ていた隼人は、すぐにすべての写真を見終わってしまったが、一通り見終えては最初に戻るという作業を何回も繰り返した。 それほど、隼人は璃玖の写真に引き込まれるものを感じていた。 顔が写っているものはもちろん、聖の手によって顔を隠された写真でさえ、聖より目がいってしまいそうな仕上がりになっていた。 「どう?これでも素人以下だと思う?」 隼人は驚いた様子のまま、マウスをいじる手を止めた。 「…驚いた。これは予想以上だった。なぁ、聖、本当に璃玖って何者なんだ?」 「何者って?」 「今日一日でこれだけ変わるって…聖の力か?」 「ちがうよ。これは璃玖君の力だよ。あの子はちゃんと自分の道を見つけているからね。誰かが道を教えてあげて、迷わないようにしてあげれば、これだけのものが出来るんだよ」 「まぁ…たしかに璃玖はこれからもっと化けるかもしれないが…。だが、Ωだろ。正直、この先は厳しいだろ。なのに、いくらほっとけなかったからってお前がここまでするのは、やっぱり俺には理由がわからない」 隼人は聖ともう何年も一緒に過ごしてきているが、聖に近づいてくる者は男女問わず後を絶えなかった。 だが、どんな美人や可愛い子にも、聖自身から特別な興味を示すことは決してなく、璃玖に対して行っていることが聖にとって何を指しているのか、隼人には理解出来なかった。 「なぁ、璃玖はΩだろ。今は発情期も来ていない年齢みたいだから大丈夫かもしれないが、お前はαだろ。巻き込まれるかもしれないぞ。それに…またあんな辛いこと繰り返すのか?俺は、傷つくお前を見たくないぞ」 「繰り返すか…。それこそ僕の運命なんだって受け止めるよ」 「それに…お前もずっと日本にいるわけじゃないんだし、璃玖の面倒ずっとは見れないだろ」 「確かにずっとは見てあげられない。だから…余計にだよ。今、僕にしか出来ないことを璃玖君にやってあげたいんだ」 「聖…お前やっぱり…相良先輩のこと引きずっているんじゃないのか?」 聖はゆっくり首を横に振った。 「あの人のことは、とっくの昔に忘れたよ」 「それこそ嘘だろ。そうでなきゃ…まさか…本気…なのか、璃玖のこと」 驚いた顔で隼人は聖を見つめた。 「正直、今日初めて出会ってまだ半日ぐらいしか一緒にいないけど、あんなに素直で可愛いくて揶揄い甲斐のある子、他にいないだろうなぁって思ったよ。でも、僕は璃玖君を好きにはならないよ、絶対に」 隼人には、聖のその話しぶりは、まるで聖自身に言い聞かせているように聞こえ、なにか聖の中で決心しているものがあるのだと感じとった。 「絶対に好きにならない…か…。はぁー、アホらし。どうせ、これ以上聞いても聖は俺に本音は話してくれないもんな。もう、勝手にしてくれ」 「ごめんって。隼人が心配してくれているのはわかっているんだ。でも、全部終わる…見届けるまで誰にも言わないって決めたんだ。…呆れた?」 淋しげながらも、まるで、何か満足しているかのような笑みを聖は浮かべ、隼人を見つめた。 「はー…。お前が本心言わないのは昔からだから慣れっこだけど、ちょっと淋しくなっただけだよ」 「見た目に似合わず、優しいよね、隼人は」 「はいはい。あっ、そういや、廊下にいた時、例の新しいマネージャーがきて、ホテルのルームキー置いていったぞ。あと仕事のキャンセルは完了したって伝えてくれってさ」 隼人は胸ポケットにしまっていたカード式のルームキーを取り出し、聖に手渡した。 「さすが僕のマネージャー。優秀だね」 「しっかし、今度のマネージャーは随分童貞っぽいやつ選んだな。あれはβだろ」 「誰のせいだと思っているんだ。お前が僕のマネージャーでさえ手を出すからだろ。今度やったらお前との専属契約、破棄するからな」 「へいへい。だってアイツ、俺の守備範囲超狭いのに、どストライクだったんだもん」 「だもんじゃない。お前のせいでマネージャー辞められた上に、隼人に捨てられたと泣きつかれ…。おかげで日本行きの手続きするのギリギリになって、どれだけ大変だったか知っているだろ」 「これからは気をつけまーす。そんで、コンサートまでの仕事全キャンセルして、聖様は一体何を企んでいるんですかね?」 「それは…コンサートでわかるよ。当日は璃玖君のこと、またお願いするから」 「あー、はいはい。じゃあ、聖様の企みの発表を楽しみにしてますよ」 「ありがとう。ほんと、そういう性格の隼人には助けられるよ。それじゃ、さっさとポスター写真選んで、璃玖君とごはんでも行こう」 「んっ」 そうして、聖と隼人は二人でポスター用の写真を選んでいった。

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