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27.書きかけの歌詞
「んっ…」
耳元で電話が鳴っている音がして、璃玖は反射的にそのまま電話をとる。
「…はい?」
『あっ、璃玖君?目が覚めた?』
「え?聖さん??」
璃玖は枕元に置かれたスマホを握ったままハッとして上体を勢いよく起き上がらせた。
そして、見たこともないキングサイズのなんとも触り心地の良い白いシーツが張られたベッドの上にいることに気がついた。
「えっ?!」
(あれ…デジャブ?)
璃玖は前にも同じように電話で起こされたことがあるような気がしながら、状況を把握しようと部屋を見回す。
どうやらここはホテルの一室らしいが、キングサイズのベッドが二つ並べてあっても余裕の広さだった。
窓際には背もたれがないソファーが置かれ、そこに座って眺望を楽しめるようになっており、その大きな窓からは都内のシンボルタワーと高層ビルの様々な色の明かりが、照明が落とされた部屋を適度に照らしていた。
配置された家具や照明はどれもシックながらも高級感溢れていて、一般庶民の璃玖には祖父が残してくれたマンション以上に別世界だった。
『もしもーし、璃玖君ー?』
名前を呼ばれ手元のスマホを見ると、それは璃玖のものではなく、璃玖は寝ぼけた頭では処理できない自分の置かれている状況にさらに混乱してしまう。
「聖さん…ここどこですか?」
『ん、見ての通りホテルの部屋だよ。大変だったんだよ、寝ちゃった璃玖君運ぶの。といっても隼人が車やらベットまで運んだけどね』
そう言われて璃玖は記憶を思い返してみる。
撮影を終え、メイク室に戻って着替えて休んでいるように聖に言われたが、なかなか聖が来なかったため、ソファーに寄りかかって待っていたところで璃玖の記憶はプツリと途絶えていた。
(なんだか、楓さんにも同じことしてもらったような…。僕って学習能力ないのかな…)
「すみません、僕、寝ちゃって…」
『いいよ。どうせこれから当分一緒に過ごすんだし』
「えっ?」
『約束しただろ。曲を作るって。その部屋で週末までに曲を作ってもらうよ』
そう聖に言われ、璃玖は曲作りの約束をした車内で、聖が場所と環境を整えてあると言っていたことを思い出した。
「…たしかに言ってましたけど、なにもこんな豪華な部屋じゃなくても…」
『部屋を決めた理由はベッドルームから出ればわかるよ』
璃玖は聖に言われた通り、スマホを持ったままベッドから立ち上がりドアを開けると、そこはベッドルームとは比べものにならないくらい広いリビングルームで、真ん中には大きなグランドピアノが置かれていた。
「ピアノだ…」
『璃玖君がどうやって曲を作るか聞いてなかったけど、璃玖君の歌声って音程がしっかりとれていたから、ピアノでもやっていたのかなって。だから、とりあえずピアノのある部屋を探しておいたんだ』
「ありがとうございます。…ピアノもですけど、こっちもすごい…部屋ですね…」
ベッドルームだけでも別世界だった璃玖には、大きな窓が横にいくつも並ぶくらい広いリビングルームに呆気にとられてしまう。
『その部屋なら防音だし、広いしね。邪魔な応接セットとかは片付けてもらったから、余計広く感じると思うよ』
たしかにテレビで見る高級なホテルのリビングルームには大人数用のソファーやテーブルなどの調度品が置かれているのが璃玖のイメージだったが、この部屋にはそういったものはなく、ピアノと二人がけのソファーと机、そして間接照明など最低限の家具しか置かれていなかった。
「こんな豪華な部屋って本当にあるんですね…。しかも、こんな立派なピアノまで…僕にはもったいない気がします」
璃玖の家にもピアノがあったが、いわゆるアップライトピアノという小型の長方形のピアノで、目の前にある有名ブランドのグランドピアノは学校の音楽室や、スターチャートの一部のレッスン室でしか見たことがなかった。
『僕が勝手にやったことだから気にしないで。ただ、曲作りには専念してもらいたいから、璃玖君のスマホは僕が預からせてもらったよ』
「えっ?」
璃玖は聖に言われて、ズボンのポケットに手を当てるが、たしかにしまっていたはずのスマホがなくなっていた。
『ご両親には週末まで僕の仕事手伝ってもらうって話はしてあるし、学校やスターチャートには連絡してあるから必要ないでしょ?』
「…」
たしかに曲作りの時間は限られており、集中するために必要なのかもしれないと璃玖は思ったが、昼間の、まるで一樹から逃げるように去った事が気がかりで、一樹と話がしたいという考えが頭をよぎった。
だが、今、聖と一緒にいる状況と曲作りをすることを上手く隠す自信がなく、思い留まってしまう。
『一樹君に連絡したい?』
聖には璃玖の考えなどお見通しのようで、考えていたことを言い当てられてしまうが、璃玖は首を横にふって、その考えを吹き飛ばすようにして「いえ…大丈夫です」っと言った。
『そっか。じゃあ、曲作りが終わったら返すからね』
「はい。あ、そういえば、どんな曲を作る…って、あれ?聖さん、今どこにいるんですか?」
『今からちょっと、人と待ち合わせしているんだ。それで、ひとつ下の階のラウンジに向かっているところ』
「じゃあ、とりあえず僕はこのまま部屋で待っているので、電話切りますね」
『ううん、電話は切らないでいて欲しいんだ』
「え?」
『璃玖君に…一緒に聞いていて欲しいんだ…』
電話のせいで聖の顔は見えなかったが、声の様子から相良の話をした時の切なさに満ちた聖の表情が璃玖には浮かんで見えた。
「でも…どうし…」
『ピアノの譜面台を見てもらってもいいかな?』
聖は璃玖の質問をまるで遮るように言った。
「譜面台ですか?」
璃玖は聖に言われた通り、ピアノの譜面台を見ると、そこにはノートが切り取られたような紙が一枚だけ置かれていた。
置かれていた紙は一度丸められて伸ばされたような皺の跡があり、璃玖はそっと紙を手に取ると、そこにはまるで寒さで震えたまま書いたような文字が書かれていた。
(これって…歌詞…?)
書かれていた文字は一文字一文字解読しないと読みづらいものだったが、まさにそれは歌詞だった。
だが、その歌詞はあまりにも中途半端に、まるで時が止まってしまったかのように途中で終わってしまっていた。
「聖さん、これって…」
『今からね、その歌を届けたい人に会うんだ。でも、正直、一人で会うのが怖いんだ』
「聖さん…」
『大人なのにね。僕はその歌詞と…人と向かいあうのが怖いんだ』
「…」
『一緒に僕と彼の話、聞いてくれる?』
「僕が聞いていて、大丈夫なんですか?」
『璃玖君ならね。むしろ知って欲しいはずだから』
「それって…」
「聖さん?あれ…聖さん?」
電話は繋がったままだが、急に聖の反応がなくなってしまった。
スマホからは微かに布が擦れるような音と、遠くで人の声が聞こえた。
おそらく聖は電話が繋がったままのスマホをポケットなどにしまったのだろうと璃玖は思い、仕方なく電話を終わらせようと通話終了ボタンを押そうとした。
(聖…さん)
だが、先程の聖の声の様子を思い出し、通話終了ボタンを押そうとした指をゆっくりと引っ込めて、璃玖は電話を切ることを止めた。
聖がこれから会う相手に予想がついていたことと、目の前の歌詞の意味が気になったためだ。
(聖さんが会う人って…相良…先生だよね、きっと…。そして、僕に話を聞かせるってことは…これからこの歌詞に関係する話をするってこと…なんだろうな)
たった半日だが、一緒にいることで、聖の突拍子のない行動や言動には必ず理由があると璃玖は知った。
璃玖はスマホを操作して音声をスピーカーにし、ピアノの譜面台に歌詞が書かれた紙と一緒に立てかけた。
そして、ピアノに向かうよう椅子に腰掛け、誰が書いたかわからないままの途中で終わってしまっている歌詞を見つめ、会話が始まるの待つことにした。
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