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39.信じたいのに信じられない
「えっ…?今…なんて…?」
璃玖はつい信じられなくて、一樹に聞き返してしまう。
「俺は…伊織とデビューすることを目指す」
(伊織君とデビュー…する…)
璃玖を見下ろす形のまま、一樹は真剣な顔ではっきりと伝えた。
「えっと…。そっか…やっぱり、一樹は僕じゃなくて、伊織君を選ぶんだね」
一樹を見つめたままでは璃玖は涙が溢れだしそうで、サッと目をそらすが、口元には強がった笑みを浮かべた。
「逆だろ。璃玖が俺じゃなくて、聖さんを選ぶんだから…俺はいらないんだろ?」
「そんな…!いらなくなんて、なってない!!一樹は…僕には必要なんだ…!」
璃玖は首を強く振って否定した。
だが璃玖の目に映る一樹は、璃玖の言葉を信じているとはとても言えない冷めた表情だった。
「隼人ってやつが言っていたんだ…。璃玖を聖さんに任せておけば驚くほど変わるって…」
「たしかに僕自身が変わりたくて、聖さんのところにいるけど…」
「それって、俺じゃだめってことなんだろ…?」
璃玖は一樹に言われて、その言葉をはっきり否定することが出来なかった。
一樹や日々のレッスンから学べるものはもちろん多かった。
だが、聖と過ごした時間はそれだけでは学べなかったものを璃玖に教え、気づかせてくれた。
そのため、曲作りの対価として約束してくれた聖の言葉を信じて、コンサートまでの残り少ない期間、璃玖は聖の傍で学びたかった。
「ごめん、一樹…。これだけは信じて欲しい。僕は…聖さんを好きになったわけじゃない…。でも、聖さんといる理由は…今、話せない。聖さんに言われたからとかじゃなくて、僕の意思で一樹に話さないんだ」
璃玖は一樹に信じて欲しい一心で、まっすぐ一樹を見据えて思いを伝えた。
だが、そんな璃玖に対して、一樹はまるで愛想が尽きたように首を振った。
「はぁ…。俺はもう、璃玖の言っている意味がわからないよ…。聖さんが好きだって言ってくれた方がいっそ…」
「ちがう!!ちがうってば…。こんなこと、僕のわがままだってことは十分わかっている。けど、聖さんとは…ずっと一緒にいたいとかそういうのじゃ…」
「じゃあ、αなら誰でもいいのか?」
「ちがう…!僕は一樹だけが…」
(好きなんだ…)
叫ぶように言葉の続きが喉から出かけるが、璃玖はその言葉は封印していたためグッと飲み込み、代わりに一樹を見つめた。
すると、もう一度溜め息をついた一樹は、璃玖の顔を優しく包み込むように両頬に手をあてる。
そして、ゆっくりと顔を近づけ自分のおでこと璃玖のおでこを合わせた。
「俺、さ・・・。璃玖と番になりたいって気持ち、今でも変わっていないよ」
「えっ…?」
てっきり、一緒にデビューを目指さないということは、番の約束もなかったことになると思っていた璃玖は、一樹の言葉に驚いてしまう。
「当たり前だろ…。そんな軽い気持ちで将来の約束なんてしない」
そう言って、合わせていたおでこを離し、璃玖を見つめる一樹の顔はたしかに真剣だった。
一樹の言葉が嬉しくて、璃玖はまた涙が込み上げそうになるが、そんな気持ちを抑えつけて質問を続けた。
「じゃあ、なんで…。なんで伊織君を選ぶっていうの…?僕なんかより、伊織君との方が上手くいくって思ったからじゃないの…?」
「そうじゃない…」
一樹は首を強く振って否定する。
「じゃあ…やっぱり僕がΩだから?」
「違うって…!言って…いるだろ…。俺の気持ちは何も変わっていない。ただ…不安で、璃玖を信じたいのに信じられないんだ…」
「不安…?」
「ああ。不安で気が狂いそうなんだ…」
そう言った一樹の顔はどこか苦しげだった。
(一樹…)
璃玖の目に映る一樹は痛々しくて、璃玖は心を痛める。
だが、そんな顔をさせているのは自分自身のわがままなんだと璃玖は理解していたが、今はどうすることも出来ず、謝ることしか出来なかった。
「本当にごめん。僕が一樹を苦しめていることはわかってる。でも…聖さんのコンサートが終わるまで…僕を待っていて欲しいんだ」
「コンサートで何かあるのか?」
「…」
これ以上は話せないと、璃玖はまた黙ってしまう。
「…。だんまりか…」
「ごめん…」
「なあ、璃玖。俺が番になろうって言ったのは、璃玖とずっと一緒にいたいからだ。でも…璃玖は何も話してくれない…。そんなんじゃ、未来の約束なんて無理だろ…」
「…一樹」
「俺、璃玖が…。璃玖が…他の誰かのものになるんじゃないかって…。そんな嫉妬みたいな気持ちが止まらないんだ…」
「僕は誰のものにもならないよ…。僕の目指す場所は一樹の隣だから…」
璃玖は先ほど一樹がしてくれたように、一樹の頬に手をあてた。
「じゃあ…。璃玖が今、誰のものでもない…。俺だけのものだって、璃玖自身で証明してくれ…」
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