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41.信用

「濃いな…。本当に昨日は出してなかったんだな」 「えっ…?」 (何を言って…) 息が上がり、頭がぼーっとしていた璃玖には、一樹の言っていることの意味が最初はわからなかった。 だが、次第にはっきりしてきた意識の中で、今行われた行為が、誰にも触れられていないかの確認作業だったのだと気づいた途端、璃玖は目の前が真っ暗になった。 「えっ…。僕を…試したの…?」 璃玖はゆっくりと上体を起き上がらせた。 「だから、証明してくれって言っただろ」 悪びれもなく言う一樹に、璃玖はまだ冗談だと笑ってくれること期待していた。 「そんな…冗談だよね…?」 「冗談?そんなわけないだろ」 その一言に、璃玖は上昇していた体温が一気に急降下するように、絶望的な気持ちになった。 結局、最初から自分の言葉なんて何も信用なんてされていなかったと気付かされた璃玖は、もう笑うしかなかった。 「ハハッ…」 「なんだよ、璃玖、急に…」 急に笑い出した璃玖に、一樹は驚き璃玖の顔を見ると、その顔は今にも泣きだしそうに目に涙を溜めていた。 「えっ、璃玖、なんで泣きそうに…」 一樹はまだ自分がしたことが、どれだけ璃玖を傷つけたか気づいておらず、慌てて璃玖を抱きしめた。 「やめてよ…」 璃玖は一樹に抱きしめられ、嬉しいと思ってしまう自分に嫌悪しつつ、一樹の胸を強い力で押し返そうとする。 「なんで璃玖が泣きそうになるんだよ」 璃玖の押し返す力に反して、一樹は抱きしめる力を強める。 「わからないの?結局一樹は、僕が聖さんや隼人さんに好き放題されているって思っていたってことでしょ?」 「だから、俺はそれを確かめたかっただけで…」 「あっそう。どう?他の人に触られたって思いながら僕を触るのは…興奮した?」 いつもの璃玖とは思えない、人を馬鹿にするような言い草に、一樹は怒りがこみあげ、冷静でなくなってしまう。 「は?するわけないだろ…。なんだよその言い方…。俺がどんな気持ちで…!」 一樹は怒りをぶつける様に、抱きしめていた璃玖から体を離し、そのまま璃玖の肩を強い力で掴んで揺らし、自分をまっすぐ見つめさせた。 肩に食い込むくらいの一樹の掴む力に、璃玖は一樹の怒りを感じつつも、一樹を睨みつけた。 「いいかげんにするのはどっちだよ!確かめたかった?結局僕のこと、最初から何も信じてなかったんでしょ?Ωだから、誰にでも足を開くって思っていたわけでしょ?ふざけないでよ!」 一樹は璃玖に言われ、やっと自分のしたことが璃玖を傷つけたと気づき、咄嗟に「…だって伊織が…」とこぼしてしまう。 「伊織君が…なに?」 「いや、なんでも…」 余計なことを言ったと一樹は璃玖から目をそらす。 「…一樹!」 璃玖に強く名前を呼ばれ、一樹は目を瞑り、璃玖の肩を掴んでいた手を、まるで力が抜けていくかのように肩から滑り落とした。 そして、掴んでいた手の代わりに、璃玖の肩に体重を預けるように顔を埋めた。 「…。伊織が見たって言うんだ…。その…璃玖がレッスンルームで他のやつと…俺みたいなことしていたって…。それ聞いてオレ…」 「…」 一樹の言葉に、璃玖の怒りはまるで氷水を浴びせられたかのようにスッと消えて冷め、代わりに、なにか大きな穴が開いたような気持ちになった。 「そっか…。じゃあ、一樹は僕の言葉より、伊織君を信じたんだね」 「…」 一樹は璃玖に言われ、初めてそういうことなんだと気づかされ、言い返すことも、否定することも出来なかった。 「一樹は、僕が聖さんと隼人さんだけじゃなくて、他にも関係を持っている人がいるって思っていた…そういうことだよね?」 一樹はそこまで疑っていたわけではないと、慌てて顔を上げ、訂正しようとする。 「べつにそこまで疑っていたわけじゃ…。ただ、俺は…」 「αなら誰でもいいって思っていたんでしょ?さっきからずっと、そんなこと言っていたもんね」 「待てって。璃玖、話を聞けよ」 「話なんか聞かない。僕のこと、そういうことをする奴って目で見ていたんでしょ?」 「…。疑ってごめん…」 一樹にはもう謝ることしか出来ず、璃玖から目をそらした。 「いいよ、もう…。一樹の気持ちはわかったから」 言い捨てるように璃玖は告げた。 璃玖からの拒絶を感じ、一樹は拳を握りしめると、自分の中に溜めていたものが溢れ出てきてしまう。 「なんだよ…。だって、おかしいだろ…。聖さんと急に出て行ったまま連絡つかないし、しかも聖さんとホテルに一緒にいるって…。それで信じろって方が無理だろ…」 一樹自身、璃玖がそんなことをするわけないとわかってはいたが、ただ、確固たる確証が欲しかっただけだった。 「そうだね。一樹を不安にさせた僕が悪いよ…。でも…。それでも…。僕は一樹に信じて欲しかった!誰が何を言っても…一樹にだけは信じて欲しかった!!」 「璃玖…」 まるで悲痛に叫ぶような璃玖の声に、一樹は心打たれた。 咄嗟に、もう一度璃玖を抱きしめようと、一樹は手を伸ばす。 だが、その手から逃げるように璃玖はベットから立ち上がり、黙って一樹に投げ捨てられた服を着込みだした。 「璃玖…」 一樹はもう一度璃玖に触れようとするが、その手は璃玖によって勢いよくはねのけられてしまう。 「触らないで…!」 思ってもみなかった璃玖の行動に一樹は驚き、少し痛みを感じる自分の手を、そのまま見つめてしまう。 あっという間に身支度をすませた璃玖は、靴を履くと、ベットの上で座ったままの一樹に背を向け、立ったまま話し出した。 「一樹…。もう…約束はなしにしよ」 「えっ…?ちょっと待てよ…なしにしようって何をだよ」 「番の話…一緒にデビューを目指す話、全部だよ…」 「なに言って…。璃玖、ちゃんとこっち向いて。もう一回話を…」 「僕、聖さんに曲を作るんだ」 璃玖は一樹の言葉を遮るように、背を向けたまま一樹に伝えた。 「は?聖さんに…曲…?ま、待てよ。なんでそうな…。やっぱり聖さんに脅されて…」 璃玖の突然の告白に、一樹は動揺を隠せなかった。 「違う。強要されているわけでも、脅されているわけでもない。僕の意思なんだ」 「ちょっと待てって。璃玖、こっち向けよ。だいたい、聖さんに曲なんて、そんなこと許すわけ…」 「ごめん…。約束を守らなかったのは僕だから…。一樹は何も気にしないで。伊織君とうまくやって」 「なんだよそれ…。おい、璃玖!」 一樹の制止する声も聞かず、璃玖は勢いよく仮眠室を飛び出していった。

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