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45.相良の決意

「相良先輩!」 隼人は人混みの中で相良の姿を見つけると、走って近づき、相良の名前を呼んで腕を掴んだ。 「隼人…。お前、どうしてこんなとこへ…」 隼人が相良を呼び止めた場所は、空港の国際線カウンターの前だった。 「間に、合った…」 息切れしながらも隼人は相良を見つけられたことに安堵すると、その場にしゃがみこんでしまった。 「お、おい、隼人。こんなとこで…。頼むから立てって」 「無理です。俺、人生でこんなに走ったことないですもん」 「嘘つけ!俺よりよっぽど体力あるくせに!」 隼人に腕を掴まれているため、その場から立ち去ることも出来ない相良は、放してもらおうと必死に腕を振る。 だが、掴まれた腕はびくともせず、しゃがみこんだまま立とうとしない隼人の姿に、通りかかる人や職員からは好奇の目で見られてしまう。 「あーもう!ちょっと、こっち来い!」 相良は周りの視線に耐えられず、隼人を引っ張るようにして柱の陰にあった近くのベンチに向かい、隼人を無理やり座らせた。 「あれ?相良先輩、荷物は?」 「もう預けたよ。そんなに持っていく物もないしな。それで?どうしてここがわかったんだ?」 腕を組んで仁王立ちする相良に、隼人は胡散臭い笑みを浮かべる。 「俺って、顔は広い方なんです。出発の時間しかわからなかったんで、ここで会えるかは賭けでしたけど」 「あっそ。それで、こんなとこまでなんの用だ?俺の見送りってわけじゃないんだろ?」 隼人の隣に、相良はドサッと音を立てて座ると、足を組んで膝の上に肘をつき、隼人を呆れた顔で見つめた。 「相良先輩が海外でミュージカルの勉強したがっていたことは知っています。でも…なんで今なんですか?」 「なんだ、全部知っているのか…」 相良は現役のミュージカル俳優として活動していたが、海外からスターチャートを通じて、研修とオーディションの話を半年ほど前からもらっていた。 日本での公演予定がいくつかあったため、すぐに出発することは出来なかったが、スケジュールを調整して、ようやく出発する予定ではあった。 「聖から逃げるんですか?」 先ほどの胡散臭い笑みとは打って変わって、隼人が真剣な顔で相良を見つめるため、つい相良は視線をそらしてしまう。 「別に、逃げるわけじゃない。元々決まっていたことだし」 「でも、来週の出発予定でしたよね?」 相良は隼人に言い当てられ、一瞬驚いた顔をした後、嘘をついても無駄だと思い、諦めるように溜め息をついた。 「お前は俺のストーカーか…」 たしかに隼人の言う通り、予定では来週末に出発の予定であったが、相良は急遽予定を早めていた。 「言ったでしょ、顔は広いって。…聖のコンサート、聴いていかないんですか?」 「…。お前に話す必要は…」 相良は立ち去るため、立ち上がろうとすると、それを遮るように隼人は立ち上がった。 そして、相良の前に立つと、深々と頭を下げた。 「お、おい…!」 思っても見なかった隼人の行動に、相良は慌てふためいてしまう。 「聖のコンサートだけでも来てくれませんか?お願いします!」 隼人の声はよく響いたため、目の前を通り過ぎようとしていた人が、何人も足を止めてこちらを見るくらい目立ってしまっていた。 「勘弁してくれよ…。なんでお前に頭下げられなきゃいけないんだよ。頼むから頭を…」 「無理なお願いだとはわかっています。でも、お願いします!」 中々頭を上げない隼人に、相良は立ち上がり、隼人の肩を掴んだ。 「ほら、みんな見ているから…」 そう言った隼人の肩を掴んだ相良の手は、隼人にもわかるぐらい震えていた。 「相良先輩…」 その震えは、注目を集めてしまったことからの緊張からかと隼人は思い、悪いことをしてしまったと、隼人は頭を上げた。 だが、相良は隼人の肩を掴み、俯いていたままだった。 「ごめんな。俺には無理なんだ…」 相良は悲痛のように呟くと、隼人の肩を掴む相良の手は、まだ震えていた。 「相良…先輩」 「俺には…無理…なんだよ…。見る資格も、勇気もないんだ…」 「それは、榛名さんを思い出すからですか?」 「そうだよ!俺は今でも、聖の…榛名の曲を聴けないんだ。ハハッ、こんな先輩、恥ずかしいだけだろ!」 相良は渇いた笑いで強がるように声を荒げると、隼人の肩を掴む力はより強くなった。 そんな相良の手を、隼人はそっと掴むと、自分の肩から外し、誘導するように、相良を先ほど座っていたベンチにゆっくりと座らせた。 ベンチに座った相良は黙って俯いたままだったため、隼人は相良の前に立膝になって話しかけた。 「聖は…。俺には詳しく話してくれないし、何をしようと考えているのか全くわからないです。でも、俺がはっきりわかるのは、アイツは相良先輩のために…」 言葉を続けようとするが、相良は言葉を遮るように首を振った。 「それは違う。聖には、今は神山がいる。俺じゃ…ダメなんだ」 「璃玖ですか?でも、璃玖には一樹とかいう一緒にデビューしたがっている奴がいますよね?」 「お前も見ただろ?カフェで神山が怒っていたの」 「えぇ、まあ…」 「普段は温厚な神山が、聖のためにあんな怒ったんだぜ。八神とは…うまくいって欲しいとは思っていた。俺たちみたいになって欲しくないって。けど…、結局、神山は聖に惹かれている。やっぱり必然なんだよ…」 「必然って…。けど、璃玖が聖に惹かれていたしても、聖が璃玖を好きだとは」 相良はもう一度ゆっくりと、まるで自分に言い聞かせるように首を振った。 「言っただろ、必然だって…。俺は神山には敵わない。だから、俺は…」 「相良…先輩…」 「ごめんな。こんなとこまで来てくれたのに、お前に先輩らしいこと、なんも出来なくて」 「いえ…。俺こそ、突然すみませんでした…」 隼人は今度は軽く会釈する程度に頭を下げた。 すると、相良は隼人の肩に手を置いて、二回ほど軽く叩いた。 「神山のことよろしくな。アイツは…この業界ではきっと厳しい存在だと思う」 「それって…。相良先輩も璃玖がΩだってこと…」 「知っているよ。本人から聞いたわけじゃねーけど、聖の話を聞いて確信している」 「聖からの話?聖が璃玖がΩだって話したんですか?」 「それは違う。悪いが、これ以上は俺から話せない。じゃあ、もう時間だし、そろそろ行くわ」 そう言って、相良は立ち上がって保安検査ゲートに向かおうとする。 「相良先輩!最後に一つだけ」 「ん?」 隼人に呼び止められて、相良は振り向く。 「先輩、榛名さんが亡くなって少し経ってから、舞台のオーディションの誘いこなかったですか?」 「あ?あぁ、きたよ。昔の俺の演技が気になったって話で…」 「黙ってろって言われていたんですけど…。それ、聖が監督に相良先輩の演技力を話したからなんですよ。きっと、聖は相良先輩のこと心配して…」 「そっか…」 相良はまるで知っていたかのように驚くこともなく、そのままにっこりと隼人に笑いかけた。 「ほんと…さ…。聖って、何考えているかわからないよな」 「言えています。まあ、それがアイツの魅力でもあるんで、俺はついていきますけど」 「隼人、聖のこともよろしくな。まあ、俺が頼める義理じゃないけど」 「いえ…。でも俺、今でも聖を幸せに出来るのは、相良先輩だけだと思っています。そのことだけは、忘れないでください」 「…。じゃあな」 もう一度相良は隼人に微笑むと、保安検査ゲートに向かって行ってしまった。

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