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73.ずっと一緒に…
「璃玖…」
座り込んだまま立てずにいる璃玖の頬に、一樹は膝立ちのままそっと片手で触れると、璃玖の顎を軽く持ち上げるようにして、自分にゆっくりと向かせた。
「こっち側のほっぺたが赤くなっている…。それに首にも傷が…。痛むよな?」
不破に投げ飛ばされたときに擦れた頬と、注射器の針でついた傷に気付いた一樹は、心配と後悔を感じさせる表情を浮かべて、悔しそうに唇を噛んだ。
その一樹の表情に、璃玖は一樹を安心させるように、ゆっくりと首を横に振った。
「ううん、大丈夫。一樹が助けてくれたから…」
涙はおさまったが、少し充血させた目で璃玖は一樹を見上げると、笑顔を向けた。
「璃玖…!」
その璃玖の笑顔を見た途端、胸から何か湧き上がるような感覚に襲われた一樹は、もう一度、璃玖を腕の中に強く抱きしめた。
(温かい…)
服の上からでも伝わってくる一樹の体温と心音は、先ほど抱き締められた時より落ち着いたせいか、璃玖にはより鮮明に、一樹という存在が感じられた。
(ああ…。一樹が…ここにいるんだ…)
ふいに浮かんだ安堵に似た感覚に、璃玖は無意識に一樹の腕の中で、ずっと伝えたかった言葉が零れ落ちた。
「好き…」
「えっ…」
一樹は自分の耳を疑い、思わず璃玖を抱きしめていた腕の力を弱めた。
すると、璃玖はすぐに一樹の首に腕を回し、一樹に顔を近づけると、目も合わないうちに一樹の唇に自分の唇を重ねた。
(一樹…)
璃玖は目を閉じて心の中で一樹の名前を呟き、ゆっくりと唇を離したが、すぐに名残惜しくなり、もう一度唇を重ねた。
再び重ねた唇は、番になろうと約束をした時の、最後になるかもしれないと思いながら記憶に刻んだ感触によく似ていた。
すると、璃玖の頬に何か水滴が流れ落ちる感覚がし、璃玖はゆっくりと唇を離しながら目を開けると、目の前にいる一樹の目から、一筋の涙が零れていた。
「一樹…」
璃玖が名前を呼んでも、一樹は自分が流している涙にも気づいていない様子で、ただ夢を見ているかのように、少し驚いた顔で璃玖を見つめるだけだった。
そんな一樹に、璃玖は一樹の涙を軽く啄むように唇で拭った後、何かを決心したように一呼吸おくと、まっすぐ一樹の目を見た。
「一樹…。僕、今ならあの時の答え、ちゃんと…はっきり言える」
璃玖の言葉に、一樹は我を取り戻したようにゆっくりと頷くと、璃玖を見つめたまま息を吞んだ。
「璃玖…」
「あの時の続き…僕に言ってくれる?」
涙が溢れ出そうになる気持ちを抑えながら、璃玖は必死に笑みを作り、一樹に笑いかけた。
一樹はもう一度黙って頷くと、璃玖の頬を両手でそっと包み込んで、まっすぐと璃玖の目を見つめ返した。
「璃玖が好きだ」
(いつ…き…)
「璃玖が好きなんだ!αとかΩとか番とか、どうでもいい。璃玖とずっと…ずっと一緒にいたいんだ」
視線を逸らさず、真剣な顔で昔のように感情をぶつけてくれる一樹に、璃玖は安堵したように心から微笑むと、ゆっくりと目を瞑った。
そして、息を一度吸い込むと、自分の頬に添えられた一樹の手に、そっと自分の手を上から重ねてから、一樹を見つめ返した。
「僕も一樹が好き…。ずっと、隣に一緒にいたいんだ」
「璃玖…」
「やっと、言うことが出来た…。ずっと…僕のこと、待ってくれてありがとう」
璃玖は幸せそうに、一樹に優しく微笑んだ。
その時璃玖の目から零れた涙は、重ねられた一樹と璃玖の二人の手を辿るように、ゆっくりとつたって零れ落ちていった。
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