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第8話

「…!」 雪人は驚いて声を上げそうになったが扉の影に隠れ右手で口を塞ぎ何とか堪えた。 このまま通り過ぎるべきなのは分かっている。 でも…二人の様子が気になるのだ。 衝動を抑えきれずに雪人はそっと中を覗いた。 さっきとは違いベッドの上で女に覆い被さっている純…そして喘ぐ女。 純の体の動きと連動して女が声を上げる。 見たくないのに見てしまう。 聞きたくないのに聞こえてしまう。 扉を閉めることが出来ないまま後ずさり、体の向きを変えた。 走りだしたい衝動を辛うじて抑えて雪人はそっと音を立てずに部屋に戻った。 純が何をしていたのか。 経験がない自分にだってそれ位のことはわかる。 見てはいけないモノを見てしまった。 あれは…婚前交渉というものだろう。 男女というだけで、許嫁というだけで結婚をせずとも体を繋げることが出来るのだ。 視界が歪む。 自分には一分たりともそのチャンスは無い。 流れる涙にも気づかずに雪人は布団に潜り込んだ。 どの位の時間が過ぎたのか…雪人は目を開けた。 視界に映るものは何も無い。 闇の中で顔を擦ると乾ききらない涙が腕に着いた。 「そうだ…あのまま寝ちゃったんだ」 呟いてから布団を抜け出しパジャマに着替えた。 ソファーベッドに戻る途中、薄明かりの中で純は…ベッドにいた。 広い室内とはいえ同じ空間で眠っている。 整った顔立ち、艶やかな髪。 最近男らしい精悍な顔つきになったと思う。 許嫁の美名子の影響だろうか。 雪人は純の唇に顔を近づけた。 この位許されると思った。

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