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第15話

「…雪人」 「え?」 急に声を掛けられ、すこし大袈裟に体が跳ねてしまった。 顔を上げれば雪人を見下ろしている純がいた。 いつの間にかホームルームは終わりクラスメイト達はまばらになっていた。 「帰ろう、雪人」 「…」 黙って席を立ちカバンを持った。 そろそろ長期休暇に入るせいか、廊下では数人の生徒がはしゃいでいる。 心なしか皆浮き足立っているようだ。 そんな彼らと違い雪人の心は深く沈んでいた。 家に帰りたくない。 学校が休みになれば嫌でも父親である芳人と顔を付き合わす時間が長くなる。 校舎を離れ、重くなる足取り。 それでも…家に帰らなければならない。 「雪人…こっち」 純に呼ばれ後を追うように温室に入ると薔薇の花の中に純がいた。 今日も薔薇は美しく咲き、甘い匂いを身に纏わせる。 「僕と雪人の為に咲いているみたいだね」 ここの生徒達は見飽きているのか、温室に立ち寄るような物好きはほとんどいなかった。 だから、まさに二人のために咲いているようなものなのだ。 「雪人、あそこに白い花が咲いてるのわかる?」 温室の奥、誰も入り込まないような奥の奥に幾つか蕾を付けた株があった。 「綺麗だろう?見つけたんだ」 白い花弁を持つこの蕾はまだ五分咲きだろうか。 花びらは真っ白でその表面は淡い輝きを放っている。 …こんなに美しく咲いていたのに初めて見た…。 顔を近づけると一段と甘い香りがするような気がした。 「綺麗…気が付かなかった…あっ!」 薔薇の花をを見ていた雪人の両手を純が捕らえ、カバンが音を立てて落ちた。 「雪人の方が…綺麗…」 「…じゅ…」 雪人が名前を言い終わる前に、唇は純のそれによって塞がれてしまった。

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