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第57話
「や…ぁ…!」
抱き締められて反射的に震える。
…最後に純にそうされたのはいつだった?
胸の中で消えたと思っていた焔が再び灯り始めた。
その小さな火種に雪人は気づかない。
雪人は無理にでも大木を押しのけ、崩れた本を拾い早くその場を離れたかった。
だが雪人の願いは叶わず、大木は雪人を離さない。
「ぁ…や…」
…苦しい…けれど…
…頭の奥が痺れる…
雪人が大木の抱擁に捕らわれもがいている時、二人を引き離す力が働いた。
「大木くん、ありがとう。さて、白鳥沢くんはこっち」
助教の佐野だった。
「は…はい」
佐野は大木より小柄だが、雪人よりは背が高い。
雪人は佐野に助けられ、その場を離れた。
「白鳥沢くん、大丈夫かい?」
佐野が歩きながら雪人に微笑む。
「はい」
「なら、良かった」
雪人は佐野より半歩遅れて歩いていて、佐野の表情を全て読み取れなかった。
…先生…見てたよ…ね…
…助けてくれたんだろうけど…
雪人の心は言いようのない厚い曇に覆われた。
佐野は自分の研究室に雪人を呼び入れたが、先日提出したレポートについて幾つか問われただけだった。
勧められるままコーヒーを飲み、軽く雑談をして佐野の研究室を出た。
それから資料を抱え直し教授と論文に内容について何点か調整をし、講義棟を出る頃には夜になっていた。
「寒っ…」
思ったよりも時間が掛かり、人影もほとんど無い。
…早くうちに帰ろう…
雪人は足早に大学を後にした。
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