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第62話

久しぶりの実家に人の気配は無かった。 誰に会うことも無く自室に入って必要な物を取り出し手早くカバンに詰める。 用事を済ませて部屋をぐるっと見回せば、主が居ないままで時が止まっているようだった。 雪人は勉強机をなぞり、手を止めた。 開いていた手を握りちょっとの間何かを考えていたが、その手で引き出しを引いた。 家を出る時、それは持ち出さなかった。 ファイルの下に置かれたそれ…。 「母さん…」 写真の母の姿を指で辿り暫く見つめていたが、ため息を一つ落として引き出しを閉めた。 母との数少ない思い出。 雪人が幼い頃にこの世を去った母。 写真の中の母はいつまでもその姿を変える事無く若いままで…子供だった自分は今や大人となった。 「母さんは…何を思っていたの…?」 永遠に答えの分からない問いを写真の母に向けて呟いていた。 長居してしまった。 …早く帰ろう。 雪人はカバンを持ち部屋の扉を閉めた。 外に出て門扉に手を掛けた時、純の家の方から人の話し声が聞こえた。 …まずい…。 雪人は塀の裏に身を潜めた。 誰かに姿を見られてもまずい事はないのだが…雪人は誰にも会いたくなかった。 複数の声が家の中から外へと動き、車の扉が開く音がした。 「おじ様、さようなら」 その声…。 雪人は身を強ばらせて…でも恐る恐る門の外を覗いた。 「ぇっ…?」 驚き、目を疑った。 梨花がいたのだ。 あの時よりも美しく、大人になった梨花が。 そして梨花の隣に純が寄り添うように立っている。 雪人は純の姿を見つけて、目の前が真っ暗な闇にジワジワと覆われていくのを感じた。

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