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第72話
「わからないんですか」
「自由恋愛だ。君に言われる筋合いはないよ」
佐野の目は大木を見ているようだが空中を虚ろに彷徨っている。
「これは暴力だ」
「僕らは愛し合ってる」
「違う!犯罪だ!」
ドア越しに佐野と大木の声が聞こえた。
重い身体でドアに半分体を預けながらゆっくりと扉を開けると廊下側のドアの近くに大木が、雪人のすぐ近くに背を向けた佐野がいた。
二人の間にはローテーブルが一つ。
大木が雪人を見つけた時、佐野が振り返って雪人を捕らえようとした。
雪人は咄嗟に動けず恐怖を感じて目を閉じた。
直後、雪人の近くで鈍く重い音とガラスの割れる音がした。
「ぐッ…」
動く気配が無くなり、目を開けると…雪人の足元近くに佐野が、佐野の上に大木が重なるように倒れていた。
佐野が雪人に何らかの暴行を働くとみた大木は、佐野に飛び掛ったのだろう。
床にはガラスのコップが砕け散っており、それは雪人がここで口を付けたものだった。
「後はこちらで対応します」
人の良さそうな大学の警備員に佐野を引渡し、大木は雪人を連れて大学を出た。
辺りは既に夜の帳がおりていた。
キン…と冷えた空気が肌を刺す。
「あ…」
白く小さな欠片が宙を舞う。
踊るように漂って指に触れると儚く消えた。
「ゆき…」
吐く息が白さを増し、白い欠片は雪の結晶を形作り始めた。
「名前に“雪”がついてるけど…」
独り言のように呟く。
「僕はね…」
前を歩く大木が振り向いた。
「…雪が嫌いなんだ」
そう言って雪人は大木に微笑んだ。
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