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第75話

朧気な記憶を辿っているうちに、雪人は自分の顎が濡れているのに気づいた。 「あれ?何だろう?」 頬を伝わった涙が顎からポタポタと胸に落ちていた。 手のひらで拭うが次から次に溢れ、一向に治まる気配がない。 「不味かった?」 雪人が泣くほど味が悪いのかと大木は焦って席を立ち、イスが勢いよく倒れた。 寄り添い、雪人の背中をさすって子供をあやす様に慰める。 だが、雪人の涙は止まらない。 いつしか雪人は込み上げる嗚咽を漏らしていた。 突然泣き出した雪人に大木は困惑しながらも、雪人の涙が止まるまでと、そっと抱き寄せた。 温かな大木の胸で雪人は涙の理由を考えた。 …きっと自分は寂しいのだ。 …だから誰かに愛して欲しい…。 母の温もりは覚えていないけれど、母がそうしてくれていたように。 涙を止められぬまま、雪人は大木を見あげた。 雪人の想いを知ってか知らずか、大木は黙って雪人を抱き続けた。 この夜、大木は雪人を自分の部屋に泊まらせた。 今日あった事を考えると、雪人を一人には出来なかったからだ。 風呂に浸からせ、寝巻きを貸して甲斐甲斐しく世話を焼く…。 だがこの夜、大木は雪人に対しての自分の想いを測りかねていた。

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