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第85話

「…いいですよ」 大木はあっさりと雪人にノートを貸すと言う。 「こっちは…俺はとってないけど、知り合いがいるんで借りといてあげます」 「本当に?ありがとう」 …これで全部揃った… 「…ふぅ」 緊張の糸が切れ、雪人は安堵の息を漏らした。 「そんな嬉しそうな顔、出来るんだ」 「へ…変な事言うなよ。僕だって…」 急に大木の顔が近づき雪人は目を閉じた。 「そっちの方がいいですよ…」 耳元で囁かれ、一瞬触れ合った肩が熱い。 「話つけておくんで」 そう言って大木は雪人に背を向けて歩き出した。 …キス…されるかと思った… 雪人は知らないうちに指で唇をなぞっていた。 …彼は…どんなキスをするのだろう… 胸の中の火種は小さくとも、それは確実に存在する。 自ら巻き起こす風に煽られて、雪人はチリチリと身を焦がされている事に気づいてはいなかった。 家に着いたのは随分遅い時間だった。 最後に寄った図書館で探していた本が見つからなかったのが原因だ。 「…疲れた」 病み上がりの身体には堪えるが、習慣は変えられない。 軽く夕食を取り、風呂に入った。 湯船の中、今日は純にも真人にも会っていない事に気づき雪人はふと寂しい気持ちを思い出した。 …ここ何年かずっと一人だったじゃないか…。 寂しい気持ちを胸の奥に押し込めて雪人は目を閉じた。

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