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第96話

「どこにいるんだろう」 意識していない時はよく見かけるくせに、探している時は全く出会わない。 雪人が大木を探して三日目にようやく本人を見つけた。 東棟五階の廊下だった。 一番古いこの講義棟は準備室や資料室、サークルの活動の部室が多い。 「あ…の、ちょっといいかな」 上着の裾を引っ張って、雪人は大木を振り向かせた。 「何ですか?」 大木の上着を掴んでいるせいで雪人との距離が近い。 見下ろされて、雪人は一瞬目を逸らした。 「あ…の、お礼、考えてくれた?」 間近で見る大木は華奢な雪人よりも大人の男らしく、その身体を見るとどうしても抱きしめて欲しくなる。 …大きな身体に包まれて雄の匂いを嗅いで、それから… 「どうかしましたか?」 ハッもして雪人は大木の顔を見た。 間近で見て、心の準備が追い付かずに顔が熱くなる。 「な…んでも…ない…」 やっとの事で雪人はそれだけ喋れたのに大木は壁際に雪人を追い詰めた。 「…一日、恋人になって下さい」 「え?」 雪人の理解を超えた“お礼”だった。 「だから…二十四時間、白鳥沢さんの時間を俺に下さい」 …僕が選んで買った物より、本人が望む物のほうがいいよ…な…。 「分かった。一日付き合うよ」 「違います。二十四時間俺と恋人で過ごして下さい」 …恋人… 心にさざ波が立つ。 「…うん、いいよ」 …大木となら恋人のように過ごしてみたい…。 雪人の心の底に、また一つ小さな焔が揺らめいた。

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