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第119話
「ひッ………!!」
純の影にすっぽりと収まる小柄な身体。
長く黒い髪の合間に見え隠れする赤い舌は、上唇を舐めていた。
ーー怖いーー
雪人の心が昔と寸分違わず恐怖に竦む。
青白い肌は昔と変わらないが表情は妖艶さを増していた。
…梨花…
雪人に馬乗りになった姿でさえ少女のような可憐さは失われず、さらに大人の色香が加わって並の男ならひとたまりもないだろう。
「やっと男になれたのね」
雪人を見下ろし冷ややかに言い放つ。
「…それとも…雌、かしら?」
赤い唇が弧を描き、白い歯が鈍く光る。
「…あぁ…!」
雪人の両目には絶望が映っていた。
傾いた日差しが部屋の奥まで届き、窓際に置かれた花瓶が長い影を作りだしていた。
雪人はいつもの部屋で目を覚まし、周囲を見回すとまた目を閉じた。
静かな室内、心は平静を取り戻したように穏やかだ。
自分は愛されている、そう 思っていた。
しかし現実はそうではなかった。
好きな人に愛されていると勘違いしていたのだ。
その事実は辛かった。
雪人が夢見ていたものは幻…。
それを、思い知らされた。
自分を愛してくれる人は、いない。
誰も、いない、のだ。
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