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第121話
「何があったんですか?」
「……」
正面から大木は再び雪人に問うた。
だが、雪人は唇をキュッと結んだまま黙っていた。
紅茶の紙カップを両手で包み、ゆらゆらと揺れる液面を見つめている。
「嫌な事、あったんでしょ?」
雪人の指に僅かに力が入った。
さざ波が大きくなる。
「…そんな事…」
瞳は液面を離れ、テーブルの上をさまよった。
「…ない…」
ガタンと音を立て、大木は席を立った。
そして小さなテーブルの向こう側にいる雪人の頭を胸に抱いた。
「辛い時は泣けばいいんです」
「辛く…ない…」
抗うでもなく、雪人はされるままに大木の胸に顔を埋めている。
「それなら…俺が…」
大木は雪人の髪を指で梳き、そこにキスを落とした。
「俺が泣かします」
肯定も否定も無く、雪人は大木に組み敷かれていた。
雪人はずっと黙っている。
カフェテラスから大木に手を引かれ、彼の住む部屋に連れてこられた。
上着を床に落としシャツの裾から手を忍ばされ、大木の温かな手のひらが雪人の肌を撫でた。
「…ん…」
長い睫毛が微かに震えている。
結んだままの唇に、大木は自分のそれを重ねると優しく…優しく食むように雪人の唇を慰めた。
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