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第129話
「…もう帰って来てたんですね」
雪人と目を合わせない大木の左手はだらりと下がり、その手には携帯電話が握られていた。
「ただいま。大きな声が聞こえたけど…誰と話していたの?」
一瞬大木の身体が強ばったのを雪人は見逃さなかった。
「…つまらない電話です」
吐き捨てるように言う。
「…今日は有り合わせのものですませましょうか」
笑顔のようなやるせない表情を雪人は初めて見た。
一体何が大木にそんな顔をさせるのだろう。
雪人は初めて大木という人間に興味を持った。
大木から家事を教わり始めて、雪人は少しづつ料理や掃除といった基本的な事が出来るようになった。
今までは雪人が留守の間にハウスキーパーが室内を整え、食事を用意するような生活を送っていたが、それもほとんど必要ない。
…大木のおかげだ…
雪人は心の中で大木に感謝した。
明日は雪人の方が早く部屋に帰ってくると分かり、雪人は夕飯のメニューを考えた。
一人で作れる料理は限られているし、必ず上手く作れるとは限らない。
それでも雪人は大木の為に料理をしたかった。
大木にメニューを伝えると、彼は少しだけ困った顔をした。
「明日の夜は出かけなければならないので…残念ですが明日は自分の部屋に帰った方がいいですよ」
…自分の部屋に帰れ…
大木からのその言葉は雪人を深く傷つけた。
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