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第139話

求めて、求められて、強く引き合う力はいつしか均整が保たれたように見えた。 必要とされる安心感は雪人の心を満たし、日々を充実させた。 「今日は出かけませんか?」 朝食を食べ終わってコーヒーを啜っている時、大木が突然雪人に言った。 「いいけど、どこに?」 「あなたが行きたい所」 …行きたい所… 伏せ目がちにカップを眺め、数秒考えて大木を見遣る。 「海に行きたい」 「海…」 「…行った事、無いから」 「わあ!」 強い風が身体を押す。 着ているシャツは空気を孕み、一瞬で吹き飛ばされそうになった。 水分の多いベタつく風は雪人の髪を弄び、大木は手櫛で雪人の髪を整えた。 「風…強いね」 「そうですね」 大木と二人砂浜に立ち、よろけないように雪人は大木のシャツの背中を掴んでいた。 緩く皺を作り、雪人の手のひらに大木の体温が伝わっている。 「寒くない?」 「平気」 海が盛り上がり、白波が次から次へと雪人に向かってくる。 同じように波が生まれてくるのに、同じものは一つとして無い。 海を眺めながら大木はそっと雪人の肩を抱き、自分に引き寄せた。 触れ合う身体。 時が止まったように、二人とも身動き出来なかった。

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