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第140話

波打ち際を子供のように辿って海の匂いを全身に浴び、雪人は初めての海デートを終えた。 「海を見るだけで良かった?」 …うん。 コクンと頷き雪人の隣に座る大木の肩に凭れた。 電車は鈍行。 ゆっくりと走り、時に長い時間駅に留まる。 二人の間にはオレンジ色の優しい時間が流れていた。 「こうやって、好きな人と海に来られるなんてね」 …ふふふ… 車中、雪人は目を閉じて大木の肩に身体を預けた。 …これなら眠っている体(てい)で大木とくっついていられる… 恋人同士で乗る電車に揺られ、あまりの気持ちよさに雪人は眠ってしまった。 海での心地よい疲れと大木の肩に寄り掛かる安心感が雪人にそうさせたのだろう。 電車を乗り継いで夜もだいぶ更けた頃、二人は部屋に帰ってきた。 途中で夕食を取り、デザートを食べながらあれこれと話をしていたら予想外に時間が経っていたのだ。 ドアを閉め、靴を脱ぐなり雪人は大木に抱きついた。 「今日、楽しかった。ありがとう」 今の雪人は素直にそう言えた。 甘えて、抱きついて。 「俺も楽しそうな顔見れてよかった」 大木は雪人の前髪を手で後ろに撫で付けて額にキスした。 「もう」 雪人は唇を尖らせ不満げな声を出す。 だが両手を伸ばし大木の後頭部を引き寄せて大木の唇を奪った。

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