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SS-2-2『兄弟 』
「一杯もらおうかな」
「もう遅いから先にシャワーでも浴びてきたら?」
「…じゃあ、そうする」
ケントは掛けたコートを再び手に取って部屋を出ていった。
薄暗い廊下を進むと小さな頭がケントに気づいてぴょこぴょこ跳ねた。
「あの…お帰り…なさい」
子供の目線まで屈み、その頭を撫でる。
「ああ、ただいま」
「お水…飲もうと思って」
「もう遅いから居間にいる純に…父さんに言ってごらん」
「はい」
じゃあね、と言ってケントは立ち上がり再び廊下を歩いていった。
…お父さんに…?
千隼がこの家で暮らし始めて約一年。
未だに純を“ お父さん ”と呼ぶ違和感を拭えない。
若くて、近寄り難い雰囲気を持ち、見た目だけで言うなら年の離れた兄のようだ。
どちらかと言うと何かと話し掛けてくるケントの方が千隼にとっては馴染んでいた。
…ケントさんがお父さんなら…
考え始めて頭を振った。
自分の父親はケントではなく、純。
間違った考えを持ってはいけない。
千隼はふう、と息を吐いて居間に向かった。
ケントの言った通り、居間には純と雪人がいて穏やかに話をしていた。
二人の話に割って入るのを躊躇って、千隼は少し待つことにした。
「…ケントの方が父親っぽい事を言うよね」
「実際あいつが二人の父親だからな」
「そうだけど…千隼の事も桜人の事もよく見てる」
…父親…?
…ケントさんが…?
…だって…僕のお父さんは…
千隼はハッとした。
聞いてはいけない話を聞いてしまったと子供心に思った。
そして二人に見つからないように、そっと桜人の眠る部屋に戻った。
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