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第5話

『ならば……俺の犬になるか? その覚悟があればの話だが』  冗談とも本気ともとれるその発言へと頷き返してしまった時、それまで築いた暮らしの全ては過去の物として消え去った。  別の選択をしていればなどと考えたこともあるけれど、それは不可能だったという結論しかでてこない。なぜなら、そうしなければ彼との接点がなくなることは分かっていたし、そんなことになるくらいなら、例え犬であったとしても、側に居られるほうがいいに決まっていた。それくらい、佑は匠海が好きだったし、三年以上が経った今も、その気持ちは変わらない。むしろ、恋慕の情は当時よりも大きなものになっていた。 ***  佑が匠海と知り合ったのはただの偶然。働いていた花屋へと、彼が訪れたからだった。  高校を卒業すると同時に花屋へ就職したのは、植物が好きだったからに他ならない。東京の花屋を選んだ理由はいささか不純だったが、入社二年目に入った当時は仕事を覚えることが楽しく、日々夢中で働いていた。  そんななか、彼が店へとやってきたのは、佑が二十歳の誕生日を迎えようとしていた頃だ。 『君がいい。君が好きな人に贈りたいと思うような花束を頼む』  そうスーツ姿の男性に言われ、佑はその場に固まった。女性でなくても見惚れるほどに、その男性は見目が良く、その動作や言葉遣いには気障にならない品があった。 『いえ、私は……』 『いいわよ、作って差し上げて』  アレンジメントに関して言えば、簡単な物を任せて貰えるようになったばかりだったから、予算を聞いて驚いた佑が、助けを求めるように店長を振り仰ぐと、彼女は綺麗な笑みを浮かべ、そう言葉を返してきた。それならば……と思った佑が最初に作って渡したのは、青い薔薇を基調にした寒色系の花束で――。 『珍しい色の花束だな。だが、雰囲気があってとても綺麗だ。君の好きな人は、こんなイメージなのかな?』  仕上がった花束を手に取った彼が微笑を浮かべた時、佑は自分が大きな失敗を犯したことに気がついた。  佑には好きな人がおらず、だからこの時、自然に彼を思い浮かべて花を選んだ。だが、彼が花束を渡す相手は当然女性に決まっている。 『申し訳ございません。すぐに作り直しますので』 『どうして? 私はこれがとても気に入った。ありがとう』  そう言い残すと支払いを済ませ、彼は店から立ち去った。車道に停まっている高級車のドアを運転手が開き、花束を片手に乗り込む彼へと頭を下げる光景が見え、やはり世界が違う人だと佑は一人納得した。 きっと、表面的には気に入ったと言ってくれはしたけれど、二度と来店しないだろうと佑は確信していたが、それから彼は二日と間を置かず店へと訪れるようになった。しかも、どういうわけかその都度佑を指名する。 『無理をしないで、君が好きな人に贈りたい花束を作ってくれればいい』  二度目の時、赤やピンクの暖色系を基調にし、女性が喜びそうな花束を作ろうとした佑に向かい、彼がそう告げてきたから、それから佑の作る花束は彼へ向けてのものとなった。

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