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三、

今日も、蕎麦は完売とはいかなかったが、そろそろ夜明けだ。しまきは潔く屋台を畳むと、荷を引いて帰路につく。 こういった屋台は、出ている刻限により庶民らの時計がわりにもなっている。その為、売れ残ったからといっていつまでも店を開いているわけにはいかないのだ。 このあとは健全な納豆売りが「なっと、なっと」と楽し気に棒を振り始めるだろう。そうすれば、それが朝餉の時間である合図だ。 「お、旦那ぁ、いいところにきたな」 がらがらと荷を引きながら往来を行くと、塀の陰から声をかけられた。しまきは無言で、その不愛想な目付きをちらりとそちらへ寄せる。……やがて、感情の変化に乏しいしまきとはいえ、いささかぎょっとした。 「旦那もちょっと遊んでいかねえか」 夜鷹らしき人影が、男のものを夢中で咥えている。そうして声をかけてきた男は、その小袖の裾をひらひらと持ち上げて、しまきを手招く。 「こいつの尻に挿れてやってくれよ。心配いらねえ、俺のおごりだ」 ――そういや、このあたりに男の夜鷹が出るって知ってたか? しまきは察した。彼が、噂の夜鷹なのだろうと。 一方で、客に奉仕を続けるざらめは、本当に代金が貰えるのか思案するだけだった。 「…………」 くだらない享楽に耽る連中もいるものだ。夜鷹だって人だろう。困窮にあえいだ末の選択だろうに、それを玩具のようにするのは誰であれ許されることではない。 しまきはふいと視線を逸らすと、ふたたび荷を引いて歩きだした。二八蕎麦、の文字が男たちの前をあっさりと通り過ぎていく。 「ちっ、つまんねえ男だな」  ◆ ◆ ◆ すっかり夜は明け、往来に人通りが増え始めた。そろそろ帰らなければ。なによりも、住処である長屋の布団が恋しい。早く横になって深く眠りたかった。 しかしざらめは、力なく塀によりかかったまま、どうにも動けない。結局あのあと、男たちは代わる代わるに挿入もしていった。男の片方は腰を振りながら臀を叩く(へき)があるようで、丸い皮膚にひりひりとした鈍い痛みが走る。さすがに、ひどく疲れてしまった。 「……お前さん、大丈夫か?」 むしろの上にへたり込んでいると、ふいに声を掛けられた。ああ、何かまたよからぬことを考えた者だろうか。 見上げると、笠を目深にかぶった男だった。顔は笠と、背負った朝日のせいでよく見えない。 「これを……使うといい」 すると水の入っているであろう竹筒と、手拭いをむしろの端に置いた。ざらめは、はっと男の顔を見上げる。 「わ、私は物乞いでは……」 「……わかっている。ただ、見ていられなかっただけだ」 「あ……」 思いがけない返答に、ざらめはひどい物言いを恥じて目を伏せる。いくら疲れていたからといって、あまりにも不躾だった。白い肌に、紫檀のような艶をもつ睫毛の陰が伸びる。 「ありがとう、ございます。あの――」 次に顔を上げたときには、その人は風のように跡形もなく立ち去っていた。 聞き入れられることのなかった謝意ははらはらと地面に落ちる。 空気が湿っている。今夜あたり、雪が降りそうだ。 つづく

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