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六、(完)

軽く拭ってはいたが、ざらめの体内にはしまきの精液と通和散がいまだに留まっている。指先を差し込めば、容易くぬるぬると沈んだ。するとざらめは物足りなさそうに、眉を切なげに寄せる。 「んんっ、なぜ……指、を……?」 「言っただろう? よくしてやると」 内部を指の腹でくすぐりながら、乳首を歯先で挟む。するとそれに合わせて、ざらめの淫頭は弱々しくも持ち上がり、昂りを示した。 「あ、あぁ……もう、おかしく、な……っ」 びくびくと打ち上げられた魚のように内股が震える。それを見計らい指を引き抜くと、熱塊となった茎を孔に押し当てた。すぐに挿れるでもなく、その孔を擦るように陽根を上下させる。狭間に潜む、触れられたことのない蟻の門渡りに熱が走り、ざらめはとめどなく嬌声を零した。 「ひぁ、や……あっ!」 その流れのなかで、しまきの切っ先が陰嚢を柔らかく突く。つん、つん、とぬるつく鈴口が触れてたまらず体をよじった。 「だめ、だめ、……でない……っ」 狂おしいほどの快感に、すぐに気を遣ってしまいそうだ。だが射精感はあれど、もうそれが出る気配はない。達したいのに達せないようなもどかしい感覚と、吐精とは異なる類いの、恐ろしい絶頂の予感が迫る。 「ああっ、し、しまき様っ……」 「ざらめ…………俺はお前さんに……っ、恋をしている……」 「……あっ、あ、う……っ!」 耳朶をしまきの吐息が撫でる。ぐしゃぐしゃになった下半身はいつの間にか繋げられていた。その愛をぶつけられる度に、ざらめの快路は甘く激しい痺れに酔いしれていった。  ◆ ◆ ◆ 翌朝、ざらめは帰宅してどっぷりと眠ったが、日中には目覚めて古着屋へ向かった。なんとなく明るい色の小袖が欲しくなったのだ。人ごみでも、あの人に見つけてもらえるような……。 その道中、役人が高札を立てる現場に出くわした。わらわらと蟻のように、町人たちが集まり始めている。さほど興味がなかったが、人々の声は自然と聴覚に流れ込んだ。 「ねえ、なんて書いてあるんだい」 字の読めない老婆が、誰かに問いかける。すると賢そうな青年が、我先にと読み上げた。 「この男、火付けののち逃亡。――肩に火傷痕、だそうだ」 「…………!」 肩に火傷……ざらめは高札に駆け寄り、そこに描かれた顔を見上げた。呼吸が詰まる。まるで、首を絞められたみたいだ。 陽が傾き、しまきは屋台の支度を始めていた。今日も冷え込んでいるが、ざらめは蕎麦を食べにくるだろうか。そもそも夜鷹としてまた辻に立つのか……それは少し、いや、あまりにも胸がざわつくことだ。 『そういえば、あなたの屋台の蕎麦を食べそびれました』 別れ際にそうくすくすと笑うざらめは、あまりに無邪気だった。 「なあ聞いたか、この辺りに逃亡中の火付けが潜んでいるらしい」 「ああ、物騒なもんだぜ」 通りがかった職人らしき男たちの会話に、鼓動が一瞬早まる。しまきは咄嗟に、笠の被りを深くした。 ……このあたりにももういられないか。店を出しはじめたところだが、素早く畳み始める。 「もし……終いですか?」 「ざらめ……」 「まだ……降っていないようですけれど」 「…………店を、遠くへ移すことにした」 言わなくては、告げなければ、真実を。けれどそれは喉の奥で絡まるように、言葉として形を成さない。 「――高札を見て、飛んできたのです」 すでに、そこまで事は進んでいたか。しまきは諦めたように屋台に背をもたれ、視線を落とした。 「そうか…………俺を、奉行所へ差し出すか?」 「そん、な……こと」 弱々しい声で、ざらめは否定した。凍てつくような寒気が地を這い、爪先に絡みついた。 「……俺の仕えていた代官は……あろうことか、俺の妻を手篭めにした」 「奥方を……」 「それを恥じた妻は、首を吊って死んだよ……だから、俺は屋敷に火を付けた。それだけの話だ」 ざらめは、自らの首に巻き付く絞め跡に触れる。波打つ脈が、指先を揺らした。 「それからは、こうしてあちこち逃亡する日々だ。望みもしない羽を生やして、渡り鳥みたいに。行く宛もなく」 「しまき様……」 「そんなとき、お前さんに出会った。……そんな場合でもなかろうに、どうしようもなく惹かれた」 客入りの薄い蕎麦屋を隠れ蓑に、しまきは転々と逃亡を続けていた。罰されるべき身ではあるが、孤独にひどく凍えているのも事実だ。偶然にも流れてきたこの地でざらめに巡り合い、情を交わしたことはしまきの氷のようなそれを溶かし始めていた。 「…………羽をもがれるどころか、もっと辛い思いをさせるかもしれない。それでも、」 ――一緒に行くか? 視線を合わせると、しまきははっきりとそう言った。その刹那、二人の間をはらりと雪が舞う。 「飛んでいきましょう、地獄までも」 その答えを皮切りに、彼らは強く抱き締め合い、深く唇を寄せた。 雪が、まるで春の日の桜のように降り始める。音もなく、ただはらはらと。 草鞋と雪下駄。ふたり分の足跡を隠すがごとく、雪が降り積もる。 宵の空には、二羽の鷹が寒さも知らずに、天高くどこまでも飛んでいった。 了

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