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第2話
それから数日後。恐れていた積雪予報が出てしまう。
天気予報を見たお客たちは慌ててタイヤ交換の予約の電話をしてくるものだから、店内はにわかに忙しくなる。
酷い時には電話が集中して「何度かけても繋がらない」とクレームを言われる始末だ。
整備士たちの作業予定を書いたボードを見ながら、整備士リーダーの山本が「娘のクリスマスプレゼントは嫁に準備してもらおうかなぁ」と苦笑いしていた。
逢阪たちが作業する工場は暖房があるとはいえ、吹きさらしなのでこの時期は極寒だ。
冷え切ってしまった手を擦りながら作業を続ける。
そんな中、ビニール袋を手にした浅倉が工場に入ってきた。
「山本」
近くにいた山本を呼びつけてビニール袋を渡す。山本はそれを受け取って、手が空いた奴から休憩だと皆に声をかける。
ビニール袋に入っていたのは人数分の肉まん。寒い中作業する整備士たちに浅倉からの差し入れだ。一気に整備士たちの顔が緩む。
「店長前より少し話しやすくなったよな」と以前、整備士仲間が噂していたのを聞き、逢阪は自分の影響なのかなと思ったことがある。
自意識過剰かもしれないけれど。自分の好きな人が褒められてるとこちらも嬉しい。
そんな浅倉は近々、他の地区の支店長になることが決まっている。浅倉の年齢で支店長になるのは珍しく、期待されていることが分かる。
「ここで過ごす冬も今年で最後だな」
そう呟いた浅倉に逢阪はいたたまれない。
同じ県内ではあるが、逢阪と遠距離恋愛となってしまうのだ。
こうやってみんなで肉まんを食べたことを懐かしく思う日が来るのだろう。
遠距離になって離れてみて、この関係は続くのだろうか。
逢阪は自分らしくない考えに頭を振る。こんな気持ちになってしまうのは、きっと寒いから。
やっぱり12月は魔の季節なのだ。
どんよりとした厚い雲が、空いっぱいに広がっている。
いつもとは違う空気の冷たさが雪の気配を感じさせていた。奇しくも今日はクリスマスイブ。
今日ばかりは少し作業の予約を減らしてみんなを早く帰そうと、山本が調整をしてくれたお陰で残業が少なくてすんだ。
営業の方もいつの間にか帰っていた。逢阪たちが工場と事務所の照明を落とし、施錠する。
それぞれの場所でクリスマスを祝うのだろう。
(ホワイトクリスマスになるかなあ)
車のエンジンをつけるとスピーカーから心地よい音楽が流れる。車を滑らせて帰路につく。
助手席には小さな紙袋がちょこんと置いてある。それは逢阪が選んだ、浅倉へのクリスマスプレゼントだ。
愛煙家の浅倉がいつも使うライターは使い捨てのものだった。
せっかくのイケメンといいスーツが、使い捨てライターを使っているだけで魅力が減ってしまう。なので、逢阪が選んだのはジッポーだ。青色のその四角い金属の箱は親指でフタを開けると「キン」といい音を立てる。
使い捨てライターなんかより数十倍、かっこよく見せる。
支店長になるんならこれくらいこだわったほうがいい。そう思って購入したものの…
(プレゼント交換なんて、男同士でやるのかな。俺が浮かれすぎかな)
浅倉は引いてしまうんじゃないだろうか、と逢阪はまた沈んでしまう。
数十分で駐車場に着く。その小さな袋を手に取りポケットに入れる。
(やっぱり、渡すのはよそう)
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