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第4話

薬罐(やかん)に残る湯量を確認する。油差し、手拭い、水を入れた桶と空の桶。施術に必要なものを用意しながら、俺はちらちらと陸奥が浴衣を脱ぐのを見ていた。 女の患者のような、戸惑いや躊躇いは感じさせない。先ほど結んだばかりの帯をほどくと、陸奥は浴衣を肩から滑らせ(ふんどし)姿になった。借りたものだという意識からか、育ちがいいのか、彼は白い尻を晒して丁寧に脱いだ浴衣を畳んでいる。 俺は抽斗から商売道具のはりを取り出した。長さと太さの異なるそれらの針先を一本ずつ確認する。だるまストーブの胴にある扉を開けて中の火で炙ると、銀の針先が赤く燃え、人肌に刺さる時を待ちきれぬように黒く光った。 布団の上では、背中を向けた陸奥が膝立ちになり、自らの(ふんどし)をほどいていた。尻たぶの間でこよられた布を解くたびに、肩甲骨がうねるように動く。 ごく日常的なその動きに、なぜか目が吸い寄せられてしまう。右に左にと布をさばく細い腕が、舞うように優雅に見えた。 「うつ伏せでいいのですか…… ?」 一糸纏わぬ姿になった陸奥が、肩越しに振り返ってそう尋ねる。恥じる様子のない涼しい顔で、伏せたまつ毛だけがわずかに震えていた。 「いや、仰向けで、楽にしてくれ」 そう指示すると、陸奥は静かに白い裸体を敷布の上に横たえた。 その脇にひざを下ろし、髪と同じでほとんど縮れのない下生えに手拭いを掛けてやる。布が一枚あるだけで、緊張が違うものだ。 油差しから香油を手に取ると、俺は陸奥の左手を両手で挟んだ。油を塗りこむように、円を描きながら親指で手のひらを撫でる。男にしては華奢なその指も、一本ずつ揉んだ。 「先生は、はり師では…… ?」 手首から肘へ、肘から肩へと按摩(あんま)を進めると、さすがに疑問に思ったのか、陸奥が遠慮がちに口を開いた。 「信じなくてもいいが、俺は患者の身体に触ることで病巣が分かるんだ。悪いもんが巣くってる所は、揉んでもさすっても、そこだけ冷たく硬い。はりを使うのは、その場所が分かってからだ」 足元を回り込み、反対側に座って右腕を同じように揉む。 「順に触れて確かめていくのが俺のやり方だ。そういうわけだから身体の隅々まで触ることになるが、それでもいいな?」 「お任せします」 陸奥は長い睫毛を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。 「眠くなったら寝てもいいぞ。体が弛緩している方がやりやすい」 そう言うと、陸奥は睡気に逆らうように何度か速い瞬きをし、唇を噛んだ。 「そういえば、お前はどこから来たんだ?汽車で駅までと言ったが、どこから乗った?」 「申し訳ありませんが、お答えいたしかねます」 人力車に揺られ雪山を歩く前に、どのくらい汽車に乗っていたのか。 きっと疲れているだろうと(おもんぱか)った俺の質問は、全く「申し訳ない」とは思っていない顔で退けられた。

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