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第5話

ため息をつき足元に移動する俺を、陸奥が目で追ってくる。何をしているのか、見逃すまいとするようだ。もしかしたらこちらが気遣って背を向けていた着替えの間も、俺の動きを見ていたのかもしれない。 油を取る指を、脚に塗りこむ手つきを、陸奥の切れ長の双眸が見つめている。思惑の分からぬ視線に晒されたまま、俺は細く毛の薄い彼の脚を付け根まで揉んだ。 部屋に甘苦い香りが充満している。高級遊郭ご用達の(こう)は、催淫効果を含む特別仕様だ。身体を芯から温めるのに、性的な興奮は実に都合が良い。 両脚の按摩を終え、俺は陸奥の腹の上に跨がった。 「体重はかけないようにするが、もしも苦しければ言ってくれ」 薬湯と香で温まった胸に触れると、陸奥はピクリと陶器のような肌を震わせた。 油を塗った手が、桃色の乳首を(かす)る。刺激を受けたそれがぎゅっと凝縮するようにしこり、紅梅色に変わる。が、変化を見せたのは身体だけで、陸奥の表情は涼しいままだった。 しこった蕾を手のひらに感じ胸の按摩を続けていると、陸奥が(おもむろ)に口を開いた。 「先生は、女性にも…… このようになさるのですか?」 「馬鹿な事を聞くな。患者に男も女もあるか」 「失礼を申しました。お許しください」 謝っても、ただ目を伏せるだけで殆ど表情が動かない。 ふと、この青年も女性と恋に落ち、身を焦がしたり甘い快楽に溺れたことがあったのだろうかと、無粋な興味が頭をよぎった。 胸が充分に温まり、硬く冷たいところがないことを確認してから、手を徐々に下ろしていく。 下腹を押したところで陸奥の眉根がぴくりと寄った。気づかぬふりで腹を撫で続けると、ときおり身体がグッと緊張する。 ああそうか、と気づいた。 陸奥が汽車を降りてからここに着くまで二時間弱。冬山の寒さに晒され、彼の膀胱の筋肉はさぞ縮こまっているだろう。 「陸奥、すまない。ひとつ、大切な手順を忘れていた。」 そう言うと、失言に恐縮したのか黙っていた陸奥がふと目をあげた。 「お前、小便を(こら)えているだろう……?」 「そんな、ことは…… 」 「隠しても無駄だ。はり師をなめるな。身体に触れば分かるんだ。いつもなら施術の前に必ず患者を(かわや)に行かせるんだが、急なことで忘れていた。身体に無駄な力が入っていると、治療がうまくいかない」 立ち上がり、部屋の隅から小さな手桶を取って戻った俺を見て、陸奥の顔は凍りついた。動かぬ顔の中で目だけが泳ぎ、浴衣に伸ばした手を、俺は止めた。 「か…… 厠に、行かせてください…… 」 「その襖の向こうは、外と変わりない。しかも厠は離れにあるんだ。戻って来る頃には、せっかく温めた身体がすっかり冷めてしまう」 わずかに目を見開き、陸奥は腹に押し付けられた桶を見つめた。 「向こうを向いているから、早く済ませろ」

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