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第14話

「先生…… 」 嗄れた声に呼ばれて振り向くと、布団に横になったままの陸奥が切れ長の目でこちらを見ていた。 明け方近くに意識を失った陸奥が、失神したのか寝落ちたのかは定かではない。最後に白い背を反らせて大きく痙攣した彼は、ぐったりと身体を弛緩させ、目を閉じたまま反応しなくなった。 陸奥が穏やかに呼吸していることを確認した俺は、時折思い出したように痙攣する身体を清め、清潔な浴衣を着せてやった。その間も目を覚ますことのなかった彼は、冬の空がすっかり明るくなるまでよく眠っていた。 「おはよう」 糊の効いた馴染みのない浴衣を着せられていることに気づいた陸奥は、「浴衣を着ていなかった」夜のことを思い出したのだろう。俺が近づくのを見て、慌てて身体を起こした。野良猫のように警戒して身構える彼に、俺は足を止めた。 「痛むところはないか?」 「…… え?」 「昨夜(ゆうべ)は無理をさせて、悪かった」 そう言うと、陸奥は気まずそうに浴衣の襟を押さえてうつむいた。 「そこに丹前と綿入れがある。茶を入れておくから、厠に行ったら朝餉(あさげ)にしよう」 *** 「美味しいです」 磯辺巻きを一口かじった陸奥が、驚いたような目を上げてそう呟いた。 素直な感想が可愛くて、「よく噛んで食えよ」と こちらも子どもに返すようなことを言ってしまう。 馬鹿正直に神妙な顔になって餅を咀嚼する彼は、訪ねてきた時や布団の中でよりもずっと幼く見えた。 まるで親戚の子をもてなしているような気分になる。昨夜は秘匿を続ける彼の身体を気絶するまで抱き潰し、これからまた別の方法で(ただ)さなければならないのに。 「お前のために二つ焼いてある。もう一つ食え」 惜しそうに時間をかけて餅を食う陸奥に、海苔を巻いたもう一つの磯辺を勧めると、じっと見つめてきた。 「よいのですか…… 高価なものを」 「俺の冬の主食なんだ。米は(かまど)まで行かないと炊けんが、餅ならここで焼ける。ストーブは便利だな」 陸奥は押し出された小皿から、二つめの餅を手に取った。 「それに、金ならあるんだよ。おまえの主人(あるじ)のようなヤツから、ふんだくっているからな」 陸奥は餅を持ったまま、ビクリと肩を震わせた。 そして、俺が懐から取り出した紙片を見て、目を見はった。 「悪いが、おまえが寝ている間に鞄から拝借した。これがないと、困るんだろう?」 彼の肩掛け鞄に入っていたのは、鉄道の予約券だった。 麓の駅から陸奥の國にある大きな駅までの三等車の切符。それは彼が戻るときのために、主人が用意したものだろう。彼自身の財布と思しき布袋にはわずかな小銭しか入っておらず、「治療費」として渡してきた封筒の中身とは雲泥の差だった。 三等席とはいえ、その小銭で帰れるほど汽車賃は安くない。

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