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第16話

患者の身分などどうでもよいし、たんまり謝礼をもらったのでもう忘れていたが、あの時、娘に付き添ってきた従者の一人が言われてみればこの陸奥だった。 高下駄を履き、学生帽を浮かせて額の汗を袖で拭った彼は、おぼこい姫君よりずっと(かぐわ)しい色香を放っていた。 「あの娘…… まさか悪化したのか?」 「いえ、先生の治療はお見事でした。お嬢さまは見違えるように健やかになられて、縁談も進みました。ところが土壇場になって、お嬢さまは嫁ぐのを頑なに拒まれ、自分は汚れている、婚家に相応しくないとおっしゃるようになりました。そのうちにふさぎ込んでお部屋から出てこられなくなり、理由を聞いても、不治の病だからあのはり師のところに行きたい、山に連れて行ってくれとおっしゃるばかりで…… 」 陸奥は目を伏せ、深いため息をついた。 「旦那さまは、大変お怒りになりました。そして…… もしや、はりの先生がお嬢さまに不埒なことをしたのではないか、お前はちゃんと治療を見届けたのかと、私がお叱りを受けました。外に控えてはおりましたが、お嬢さまのお身体を見るわけにはまいりませんでしたので、お許しくださいと申し上げたら、どのような治療なのかをその身で確かめて来いと…… 申しつけられたのです」 「お前の身体をいいようにしているのも、その『旦那さま』か?」 そう聞くと、陸奥はびくりと身体を揺らして目を泳がせた。 なるほど、陸奥の話は辻褄があう。おそらく真実を話してくれたのだろう。 「お嬢さま」には治療以上のことは何もしていないが、初心(うぶ)な娘のことだ。男に身体を撫でまわされ、多少なりとも性的な興奮を覚えたのであれば、それを恋心と勘違いしてしまうのも無理はない。 そもそも俺がこんな山奥に引っ込んだのは、俺を囲い込もうとする華族の利権争いや、暇と金を持て余した奥方どもの火遊びに巻き込まれるのに疲れたからだ。 自分の特殊な治療法が、誤解を生みやすいことはもとより承知している。 そんなことよりも気にかかるのは、陸奥に対する主人の扱いだった。 娘に不埒なことをしたのではと疑っているはり師のところに、美貌の書生を送り込む。それは、彼の身体を蹂躙されることを何とも思っていない証拠ではないのか。そもそも、慣れない雪山に一人で行かせるなど、死んだらそれでいいと思われているとしか考えられない。 「お前の肛門に…… 裂傷があった。新しくはないが、ちゃんと塞がる前に何度も傷が開いたような痕だった。それも、主人にやられたのか…… ?」

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