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第17話

そう問うと、陸奥の美しい顔から表情が消えてしまった。人形のような無表情は、彼が自分の傷ついた心を守るために貼り付けている仮面だ。 「かわいそうに、怖かっただろう…… 」 陸奥が幾つの頃から主人に仕えているのか、尋ねることはできない。ただ、まだ二十歳(はたち)そこそこの彼の古傷が、ここ数年でできたものでないことは明らかだった。 「もう、痛みはないのか?」 見た限りでは、昨夜は傷を痛がる様子はなかった。あまり詮索したくはないが、傷口を抉るようなことをしてしまったのかどうかが気になる。 陸奥は能面のまま、うつむきがちに答えた。 「雨の日は…… しくしくと痛みます」 「…… そうか。金輪際、雨など降らねばよいのにな」 「それでは、作物は枯れ、飢饉になります 」 作物にとっての慈雨は、陸奥の身体を苛み、そこに刻まれた傷を思い出させるのだろう。それでもまじめに凶作を心配する彼は、もしかしたら貧しい農村の出身なのかもしれない。 「こんなことを聞ける筋合いでもないが…… お前、主人に大事にされていないだろう。それでも、屋敷に帰らなきゃならないのか…… ?」 頑なに声を出さず、逐情を抑えていた陸奥は、身体に染みつくほどに躾けられた習慣に従っているように見えた。 おそらく主人は、気まぐれに陸奥の部屋を訪れるか呼びつけるかして、短い時間で欲を求めるのだろう。 拓かれることに慣れた身体の割に、日頃から愛でられていれば感じるはずの胸の蕾に、陸奥が反応しないことが不思議だったのだが。 彼はきっと、器量が良いために女の代わりにされ、孕まない身体をいいように使われているだけなのだ。 そんな扱いに耐えている彼を、一歩間違えば遭難する雪山にやる主人は、もしかしたら既に彼を持て余しているのではないか。 そんな疑惑と憤怒が俺の中に湧き上がった。 「私には、あの屋敷よりほかに帰るところがありません。どうか切符をお返しください」 「身寄りはないのか?」 「母と弟たちが、田舎におります。旦那さまからは、わずかですが給金をいただいていて…… 仕送りしなければ弟たちが満足に食べられません。戻らないわけには、いきません」 書生という立場は難しい。主人に目をかけられて出世する者もいれば、一生を下男のようにこき使われて終わる者もいる。 陸奥が屋敷に戻りたい理由が心情的なものではないことを確信した俺は、彼の手をとった。 「こんなことを言うと、驚かせるかもしれないが…… 」 陸奥はわずかに目を見開いて、真っ直ぐに俺を見つめた。 「ここで、俺と一緒に暮らしてみないか?」

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