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小説家くんと家政夫くん──11

 数日が経った今日、僕はデスクチェアーで体育座りをしながら仕事をしている。いつも通り──最近はより一層、仕事部屋に引き籠っていた。  シロー君はあれから来ていない。連絡もなく、僕からメールを何通か送ってみたが返信もない。電話もかけようとしたが、指がどうしても動かず押せなかった。  あー……。  仕事の手も止まってしまう。抱え込んだ膝に頬をつけ、ふぅ、とつくため息も何十回目だろうか。  お腹空いたなー……甘めのカフェオレ飲みたいなー……。  温かいご飯が恋しかった。しかし作り置きしてくれていたおかず等はもうなく、久しぶりに購入した飲むタイプのゼリーを食している。これで十分だと思っていた冷たい食事は、今となっては味気なく一口飲んでは置いてを繰り返していた。やっと飲み切ったそれを後ろに投げると、乾いた音が一つ落ちた。仕事部屋はめちゃくちゃだ。リビングもキッチンも、何もする気が起きずにただ洗い物やゴミが重なっていった。散らかし放題で足の踏み場もない──シロー君と会う前に逆戻りだ。くるん、とデスクチェアーを回し、その惨状を確認する。  甘えまくってたんだなぁ……僕。  目を瞑るとシロー君の最後の辛そうな顔ばかりが浮かんでくる。もっと色んな顔があったはずなのにだ。袖口で目を擦った僕はまた、パソコンに向かう──現実に背を向けるように。 ──── 「──はい……はい、来週でお願いします……」  担当の楠木さんとの電話中、もうこれで終わりかと思った時、いつもはあまりない世間話が飛んできた。 『いやぁ、珍しい事もあるんですね。いつもは何も言わずに逃亡しますのに』  リビングのソファーで小さくなっていた僕はさらに小さく丸くなる。部屋の酷い有様も日に日に増していて、記録更新、なんて聞こえのいい言葉もまるで意味をなさないくらいだ。 『今回のように連絡をいただければこちらも安心ですし調整も出来ます──何かありました?』  楠木さんが担当になってからこういう質問は初めてかもしれない。仕事のパートナーとしてのそれか、それ以外か。 「い、いえ……何も──」 『──三咲さんは電話でも静かですが今日は一段と落ちています。今めっちゃ電話を耳に押し付けてるくらいに』  小さかったか、慌てて姿勢を正す。これ以上の心配はもうかけたくない。倒れてからの家政夫の提案をしてくれたのも彼だ。それがこんな──こんな事、で。 「す、すみません。大丈夫です、はい、では失礼します……はい」  通話を切って携帯電話をテーブルに置いて一息つく。お腹が減ったけれど、作る気も食べる気もしない。情けないとわかっているくせに動けない。今の格好もそうで、ぼさぼさの髪によれよれの服だ。どうしてこんなに駄目になっているのか、自分でもわからない──いや、もうわかってる。  僕はもう答えが出ていた。  それなのにこうしているのは迷子のふりした、ただの弱虫だ。  ──僕はシロー君が恋しい。  美味しいご飯でも綺麗な部屋でもなく、ただ彼に会いたい。  その時、玄関の鍵が開く音がした。がちゃがちゃと鳴る音の次は開く音がする。誰だ、と気になるが座ったままで僕は待った。  ……ユーキ? なわけないか。まだ明るいし……。  ユーキもあれから一度も家に来ていない。来づらいというのもあるだろうし僕も会いづらいと言ったらそうだった。そして先日──昨日、ユーキからメールが来た。 『謝らないからな』  悪かったな、と言われたあの日からずっと引っかかっていたのだ。想う事は悪い事じゃないし、謝る事でもない。もちろん、襲った事は許さないがそれは別の話だ。それを撤回したこの一文にどれだけ安心した事か、きっと僕とユーキにしかわからない。まだ会うには時間が必要で、どのタイミングかもわからないがきっと僕達はいつも通りになる。続く、と思った。腐れ縁の、友達同士に。  そうなるとこの音は──。 「──うっわ、めっちゃくちゃじゃないですか!」  その声に僕はすぐに振り向いた。リビングのドアノブを持ったまま立っているのは、大荷物を持ったシロー君だったからだ。ソファーの隅にいる僕を見つけたか、目が合って、ゆっくりキャップを脱いで、また部屋の惨状を見回している。苦笑いの顔が、久しぶりの顔だった。

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