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小説家くんと家政夫くん──12
「な……何で──」
「──今すぐ片付けますね!」
まだ散らかっていない廊下に荷物を置いたシロー君は早速ゴミ袋を棚から出して、完全にゴミとわかるものを入れていく。いつものてきぱきとした調子は健在で、みるみるうちに足の踏み場を作っていった。僕はそんなシロー君に唖然としていた。だって、なんで、どうして、という言葉が頭にループする。連絡一つくれなかったくせに、僕はしたのに、と続いて、声に出た。
「……もう、来ないかと、思ってた」
するとシロー君は振り向きもせずに答えた。
「何言ってるんですか。俺んとこのアパートで火事があって、それで家探しとか色々あるので落ち着くまで休みを──って、あれ?」
言っている内に気づいたようで、中腰のまま僕に振り向いた。
「……言ってません、でしたっけ?」
言ってない、聞いてない。何その理由、そんな大変な理由。もう、呆れかえった。わかったけれど、頭がぱぁんと弾けそうだ。
だから僕はそのまま、弾けた。
僕はソファーを飛び越えてシロー君に突撃した。背中に飛びついて、腰に思いっきり腕を巻き付けて力いっぱい抱きついた。大きな背中に鼻や頬を押し付ける。
「──言ってない」
「す、すみません──」
「──聞いてない!」
鼻を啜って、溢れる涙をシロー君の背中で拭いた。
「……もう辞めちゃったかと、思ったじゃんか」
文句の一つでも言ってやろうと思ったが、変わりに出たのは本音だった。僕はずっと寂しかった。一人に慣れているはずなのにどうしてこんなに悲しいのか悩むほどに、考えるほどに。どうしよう、どうしてやろうかと今まさに泣いてしまうほどに。
するとシロー君はこんな僕に慌てながらこう言った。
「あの……辞めるとしたらちゃんと言いますよ?」
「辞めんの!?」
冷静な声にむかつき、それが声量に出てしまった。
「ちっ、違います! 辞めません! でも──」
「──でもって何だよ!」
これじゃまるで子供の癇癪だ。けれどちっとも僕のむかつきは収まらない。そしてシロー君は僕の腕を剥ぎ取ると、僕を正面から抱きしめてくれた。身長差のせいですっぽりと胸の中におさまってしまう。力いっぱいではなく、優しい力は温かい。軽く背中もさすってくれて、それから僕は遅く、驚いた。
「……何、これ」
「落ち着きましたか?」
「と、止まった」
するとシロー君は静かに話し出した。頭の上で、ゆっくりと──一定の心音のように。
「……ちゃんと言ってなかったのはすみませんでした。連絡もしてくれたのは知ってます。ただ、頭を冷やしたかったんです。色々、その……失礼な振る舞いだったり、とか、怒鳴ったり、とか」
それで、あの、と続くシロー君は考えながら話しているようで、僕は頭を動かしてシロー君を見上げる。彼も天井を見上げていて、それから僕と目が合った。
「とにかく……辞めるとかないです。むしろ逆、なんです」
「逆って──」
「──ヘースケさん、めっちゃ可愛いです」
また抱きしめられて、耳の横でそう聞こえた。小さく、小さな声と少しだけ強まる腕の力が僕を逃がすまいとしていた。というか、僕は動けなかった。嫌じゃ、ないから。
「友達さんが言った事、当たってます。俺、好きです。ハナさんの事──ヘースケさんの事」
言い切ったシロー君は僕の額に自分の額をこつん、と合わせてきた。伏している目の、まつ毛の、声の熱さが近すぎて。
「一目惚れって信じますか?」
ひとめ、惚れ? 僕に?
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