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小説家くんと家政夫くん──13
「俺、初めてヘースケさんに会った時、やばいって思いました。俺より八つも大人の人だしもっとおじさんだろうって思ってたんです。なのにこんな小さな人で──」
身長はややコンプレックスなので軽く背中を叩く。
「──ふっ、ごめんなさい。言わせてください。それで……絶対にここで働こうって思いました。だから強引に片付けますとか、思い返すと笑っちゃいますね。そのくらい、その……わかります?」
一目惚れの感覚は僕にはない。きっとシロー君だけが僕の何かに感じたのだろう。彼だけのそれを否定するのも違う気がする。かと言って肯定するのも気恥ずかしいものがあった。
「本当に、俺が知る限りじゃあなたは一番だらしない人です。ずぼらで、何度言っても散らかしますし」
今僕は告白のようなものを受けているはずなのにシロー君は上げては落としてくる。
「そういうとこも俺のツボなんです。安心するというか……わからないでしょうけど」
わかる、わからないと続ける彼の言葉が引っかかった。だらしない僕を知って普通は引くところだ。そこで考えついたのが、家政夫。
「……仕事し甲斐がある、とか?」
「まぁそういう感じです。それで……友達さんに痛いところを突かれて、そうだよな、って思いました。この感情は隠さなきゃと俺も気を付けてたんですけど、鋭い人でしたね」
「ユーキの事はごめん。僕が謝る」
「いいんです。俺も、ごめんなさい──全然、好きなの消えなくて」
そう言ってシロー君は額から離れ、熱を逃がすように、はぁ、と息をついた。それからまだ彼はまだ色々、たくさん話してくれた。僕をどう想うとか、こうだとか、ああだとか。もうわかった、わかったってと何度も思った。ただこの会えなかった数日が僕を黙らせた。久しぶりの声に、寂しかった分、悲しかった分、聞きたかった。照れくさそうな顔も、辛そうな顔も見ていたかった。そろそろいつまで喋るの、と思った時、僕は自分でも驚く行動をとった。
背伸びして──キスしてやった。
塞ぐの、成功。
「……ふへ」
一瞬だけ。僕が照れてしまったから。そして今度は僕から言う。
「僕も好きだよ」
こんな事出来るのは、友達だからじゃない。ユーキとは違った。好きは好きでも、絶対違うやつだ。家政夫だからでもない。
シロー君だから──好きな人だから出来るんだ。
僕はまだ家政夫の彼と、休憩と食事の時間の彼しか知らない。それでも僕はこの人を好きだと断言する。だってこんなに恥ずかしい気持ちは久しぶりだ。体が温まるようなこの感情は作り物なんかじゃない。
「そういう事だから言い訳っぽいのとかいらない。問題も……ないっぽい?」
変な言い方になってしまいしっくりこなくて、伝わったかどうか怪しく首を傾げながら言ってしまった。シロー君は固まったように動かなくなってしまい、ひらひら、と手のひらを顔の前で扇いでみせる。
そして次の瞬間、僕はまたすっぽりとシロー君の胸に収められてしまった。覆いかぶさるような、嬉しいとこうなる、という抱きしめは突然で、僕も嬉しくて──と思ったら、前と違う。その勢いのまま僕の足が滑ってしまったのだ。原因は床に散らばるゴミのせい。そのまま後ろに倒れるかという時、シロー君が上手く反転してかばってくれた。
「痛ってーっ!!」
背中から倒れたシロー君は僕を抱えたまま叫ぶ。
「ご、ごめん! 大丈夫──」
「──夢じゃない」
頭を打ったかと思ったらそうではないようで、片眉を下げて笑う顔がすぐそばにあった。それを見ていたら今まで悩んでいた事や怒っていた事なんてどうでもよくなって。
「……うん」
僕はそれだけ言って、シロー君にキスをした。口に、頬に、また口に。何か言葉にするよりも易しく難しいこれが一番伝わると思ったから。なのに彼はされるばかりで返してくれない。恥ずかしいのか目をきょろきょろと動かしては僕を見る。
「あ、あの、嬉しいんですけど、その」
ここに来て何を言い出すのか、まさか心変わりかと僕は細目で睨む。何故に肩を押して起き上がろうとするのかも不可解だった。その理由はすぐ、わかった。
「その……先に部屋、片付けませんか?」
…………はぁ!?
苦笑いするシロー君は本気で提案していて、僕は余計にむっとした。このタイミングでこの雰囲気でという流れをぶった切るとは何事だ。首の下辺りを頭突きするように当たりしがみついた僕は駄々こねる。
「そんなの後でよくない?」
するとシロー君は反動をつけて、よっ、と僕ごと上半身を起こすとこう言った。
「だって俺は家政夫ですから」
にんまりと子供みたいな大人みたいな顔で笑うシロー君から出た完璧な理由に僕はぐうの音も出ず。それこそ片付けるみたいに、ひょいっと僕を立ち上がらせてしまった。
「──あ」
と、呟いたシロー君は僕の横に体を屈めて、ひそ、と耳打ちしてきた。
「──仕事終わったら、もう一回お願いします」
そんなの耳元で囁くとか、不意打ち、ずるい──僕の方が押してたはずなのに形勢逆転。さらに目の横に触れるくらいのキスを落とされて、一瞬にして顔が熱くなって心臓の音が煩い。
ちくしょー……。
悔しくなって、もう掃除を再開しているシロー君の背中に近くにあった服を投げつけてやった。上手い事頭に被ったようになったまま彼は振り向いて、怒った。
「ハナさん! まったく、こんなに散らかしてどういうつもりなんですか!」
げ。ここは、逃げよ。
「ご、ごめんなさいーっ」
【小説家くんと家政夫くん──終わり】
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