15 / 62

友達さんと担当さん──2

 ビール、ビール、日本酒と飲んで気持ちよくなってきたころ、俺とクスノキさんは大分馴染んできた。 「へぇ……ユーキさんってそうだったんですね」  俺の事はもう名前呼びだ。居酒屋のテーブル席でお互い煙草を吸い、ぬる燗をやっている。ヘースケの話はいつの間にか少しずれ、担当だというのにこんな話もどうかと思ったが自然とこうなってしまった。俺自身もいつもなら絶対に口にしない話題だが、どうしてかするすると話してしまっている。 「わかんないもんですねぇ」  この緩い口調と彼独特の雰囲気、そして酒の力のせいとしようか。 「ふっ、あんま驚かないんすね」 「いやいや結構驚いてますって。むしろ何人もの女性を泣かせてきたんだろうなぁと思ってましたってぇ」 「ははっ! トールさん結構酔ってませんか? フォローになってないんすけど!」  俺も自然と下の名前で呼んでいた。トールさんは五つ年上の三十二歳だと聞いたので、敬語を崩すのもどうかと思ったのだが彼は気にしないというので甘んじて崩している。このように勢い任せは俺にとって新鮮だ。 「でもまぁ、そう見えてる方が楽っちゃ楽ですけどね」  だからつい言わなくていい事まで口から滑り落ちる。いくら世間に認知され寛容になったとはいえ、同性愛と聞いて無知からのからかいや嫌悪が濃くも薄くも見えるなんてざらだ。今の発言だって意図した言い訳だ。自身を守るためなんてのは聞こえがいい事で、ただ次の反応に被せただけの事。さぁ彼はなんて言うか、と思った時、お猪口に最後の酒を注いでくれた。落ちた一滴がお猪口の酒に波紋を作る。 「──楽でも、それじゃ楽しくない」 「……は?」  予想にはなかった答えが返ってきた。お猪口をぶつける小さな乾杯で酒に波打つ。 「本当は一途なくせして」  強がっちゃって、という副音声が聞こえた気がした。  俺は学生の時からずっとヘースケだけだった。そりゃあ何年もあれば何人かと遊んだりもあったが、それは本気ではない。むしろ浮気か──ひとりを紛らわせてただけだ。 「いい事です。逆に僕はユーキさんみたいに誰かを一所懸命に愛した事はない」  口につけたばかりの酒をふくところだった。  なんつったぁ? 愛? はぁ? 「酔っ払いの戯言だと思ってるならそれでいいですけどぉ」  トールさんは八重歯を見せて無邪気に笑う。俺も気恥ずかしくて笑ってしまった。 「ま、羨ましいですよ。本当に」  そう言って最後の酒を喉に通すトールさんに嘘はないように見えた。戯言でもからかいでもない本心が、失恋したばかり俺にも染みる。  何だ……? 変に体が熱いような……。 「ふふっ、ユーキさんも大分酔ったようですね。顔が真っ赤だ」  あークソ、わかって言ってんだろ。  俺は眼鏡のつるをなぞりながら、まだいけますけど、と嘘の強がりを返した。今のはいい大人のからかいだ。それをマジになって取ったりしない。だがこうも見抜かれると──悔しいじゃん? 「──もう一軒行きませんか?」  まだ半分残っている煙草を灰皿に押し消す。するとトールさんも同じように煙草を消した。 「いいですねぇ。あ、じゃあ僕の家で飲み直しとかどうです?」  まさかと驚いた。俺がこっち側だとわかった上で普通は誘いにも乗らないはずだが、さらに上位の誘いをしてくるとは思いもよらない。  試してんのか……?  その考えはすぐに否定した。そんな上手い話があるか、と上着に袖を通す。 「いいっす、けど」  しかし裏腹の期待が混ざってしまった声は上擦った。 「ふっ」  クッソ、笑いやがった。 「緊張走りましたねぇ?」  トールさんはそう言って悪戯に笑む。確かにそうだがわざわざ言うなんてどうかしてる。試されているのはまだ継続か。 「取って食いはしませんって」  そうだと確信した。それにそれをいうならこっちの台詞だ。この人は何もわかってないのかも、と俺は思ったのだった。

ともだちにシェアしよう!