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友達さんと担当さん──4

 俺はこれが欲しかった。のらりくらりと避けていたそれをトールさんは伝える。気づかせるように、傷を作らないように。豹変してもこの男の中は変わらない。厄介で、危険だと俺の中で警鐘が鳴る。 「……そういうわけで食おうと思う」  しかし彼は止まらなかった。次々と俺に隙を与えないつもりか畳みかける。 「ちょっ、ちょっと待て、待て待て!」 「なんだよ準備万端のくせに」  生理現象は仕方ないから今は置いておいてほしい、と押し寄せるトールさんの肩を押して何とか耐える。マイペースな展開に持っていかせてたまるか。 「そういうんじゃなくて!」 「別にいいよ、利用でも構わない」 「いや、そういうわけには……」  今度は俺から言葉を引き出そうとしてきた。確かに俺は遊びはするものの人は選んでいるつもりだ。これはどうだ──駄目に決まっている。  本気の奴は初めてなんだ。  するとトールさんは横に向いていた俺の首を撫でてきた。やや冷たい指先と広い手のひらを滑らせては、正面を向かされ軽く顎を上げさせられる。 「ん?」  小さな問いは強い。今すぐに言わせようというのか、俺はごくりと唾を飲み込む。それは手で感じているだろうし伝わっただろう。緊張と戸惑い──消えない期待が。 「……ずりぃ」  それでも抵抗がか細く声に出た。 「はっ! 知ってる」  俺も知ったし聞いた。聞くんじゃなかった、言うんじゃなかった。今となっては遅く、込み上げる羞恥が喉を締める。 「すげぇそそる」  どこが、と返す事も出来ない。囁くのもやめてほしい、その気になってしまう。 「本気って怖いだろ? そんで──」  ──(さび)しいだろ?  トールさんはまたそう、囁いた。  少し光る目はもう離せなかった。一人の、一匹の獣のようで、まだ俺の首にある彼の手が、昂る熱が俺の首を狙う。俺もこんな目をしていただろうか。隠しきれない色と熱を帯びるほど、誰かに。  誰かに。 「……ほんと、ずりぃ。むかつく」 「ふっ」  俺は、俺から、トールさんの後頭部の髪を少し掴み引き寄せて、そして軽く唇を合わせた。酒臭いのはお互い様で、それでもむかつくほど心地いいものだった。離れて俺は警告する。 「……まだあんたのもんになったわけじゃないんで」 「その勝ち気な感じ、たまらないねぇ」 「あんたキャラ変わりすぎ」 「ユーキ君にだけしか見せないキャラとか萌えるだろ?」  そうぬかすトールさんに俺はもうお手上げだ。とんだ男を引っかけようとしたものだ。見事な作戦、見事な罠、見事な(たら)しぶり。俺はここから逃れられない。 「とりあえず俺に恋してもらおっかな」  ……恋とか口に出して言うなや! くそが!  観念はしてやらない。ここまでこの男の思い通りだ、そうさせてやるのはただただ悔しい。そんな俺をお構いなしにトールさんは八重歯を見せながら笑い、眼鏡を外す。そしてゆっくりと、柔く、確かめるように俺のへそを服の上からなぞってきた。見つめる目はそのままで、優柔不断な自分に腹が立った。たまんねぇ、と感じた俺はおそらく、すでにトールさんが言ったそれに乗っかりかかっている。  恋と似た、何らかの温度(ねつ)に。 「──……うん?」  と、トールさんが呻いた。疑問形で口を手で覆っている。 「やべ……気持ち悪いぃ……っ」 「は!?」  ふざけんな! 耐えろ馬鹿野郎!  俺は上半身を力任せに起こした、が──。 「──なぁんちゃって」  トールさんのおふざけだったようで、俺の首に両手を回し、舌なめずりをしてみせた。また引っかかってしまったと俺はいらつく。  何度かける気だろうか。何度目の罠で、俺は落ちるのだろうか。 「そうそう、俺、トップね」  トップ? ……ボトム……あ!? 「いやいやいや、俺がそっち──」 「──やだね」  そう言ったトールさんは俺の首をひと舐めし、噛みついてきたのだった。 【友達さんと担当さん──終わり】

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