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アボカドとメガネ──2

 部屋着はいつも適当で、昨日も着ていたブイネックのニットとややゆるいデニムのボトム。家の中はどんなに寒かろうが裸足が落ち着くので、素足の俺はキッチンに立っている。トールさんもいつの間にか靴下を脱いでいてくつろいでいた。それを横目に、昼から考えていた夕飯らを作り出す。その前に。 「ビールいただきます」 「はいよー。あ、乾杯しよ、乾杯」 「先に飲みだしたのあんたじゃ──」 「──いいからいいから」  トールさんはわざわざ立ち上がり、狭いキッチンまで来て、かつん、と缶を当てた。掲げるだけで事足りる酒の挨拶だというのに、彼のこういうところまで俺のテンポは崩されるような気がする。そうとは知ってか知らずか、シンク横の狭いテーブルに出した食材を見てお喋りも開始された。 「何作んの?」 「適当っす」 「わー、本当に適当な返事」  瞬間ばれてしまい飲んだビールが喉で、ごくり、と強く音を立てた。本当に適当なので何を言おうかとコンマ二秒くらい考えたのだが、流そうとして止められてしまった。家に着くまでも当たり障りのない話をしていた。調理の間、少しばかり休憩出来るかと思ったが甘かったようだ。 「……あーっと……アボカド良い感じに柔いんで、やばそうな豚肉と焼きます。チーズもまぁやばそうなんで乗っけて溶かそうかと」  あとはあらびき胡椒でも振る。酒のつまみにもなるし具合のいい一品になると思う。 「それと?」  立て続けにトールさんは聞いてくる。 「レタスしおれてやばいんで、芽が出てやばいジャガイモとスープにしようかと。寒いし。あと冷や飯が冷凍庫の邪魔になってきたんで、簡単ガーリック炒飯的な焼き飯にします」  なんだかなんだと腹は減っているため、がっつり食えるものもほしい。ふんふん、と聞いていたトールさんも同じか、大きく頷いた後に、ふっ、と笑った。 「やばいが多いね」  俺も笑いから鼻息が、ふっ、と出た。 「まぁ男の一人暮らしなんてこんなもんじゃないっすか」 「まーねぇ。接待やら付き合いやらで外が多いし」  確かにそういう日もなくはない。営業なんてやってりゃ外で済ます事が多く、家に帰っても面倒が勝って酒と何かの簡単料理になるばかり。それで残った食材達がこのような惨状になってしまうわけで。  って、あれ? 意外と普通に会話出来てんな?  ふと我に返るとなんて事なく、変に構えていただけかと気づいた。 「俺からしたら料理出来るだけでも凄いけど──」  ──前言撤回。やはり構えるべきだった。 「……服ん中に手ぇ入れんのやめてくれねぇっすか……っ」  トールさんは俺の背後に回り、ニットの裾から手を入れて腹やら胸やらを撫でまわしてきたのだ。 「手ぇ冷たかった?」 「そうじゃねぇ!」  包丁を持っている手ですぐに叩き落せるわけもなく、さらに缶ビールを持っていた彼の手は冷えていて触られた箇所から鳥肌が広がるのがわかった。 「危ねぇんで、まじ」 「失礼、初めて私服姿のユーキ君を見たので我慢ならず。それにサービスシーンもあったわけですし?」  そう言うトールさんだが未だ離れず、腹に手を回したままでいる。声を殺して笑っているのか、にやけているのか表情はわからな──。 「──こんなに長い一週間はなかった」  と、小さく声がしたのはすぐだった。  トールさんは俺の首の後ろに額を当てているのか、そのまま動かない。温いような、熱いような薄い息が微かに感じた。だから俺は、なんか、動けなかった。 「連絡来ないんだもん」  包丁をそっと置いて、軽く見上げる。 「……連絡先、知らないんで」  真っ当な理由にトールさんは、あ、と呟いた後、喉を鳴らせて笑った。 「そういえば俺も知らないや。でも、そっか。知ってたらユーキ君から連絡来たかー」 「いつ俺がするって言いましたかね? 都合良く変換しねぇでくださいよ」 「だってそうでしょ?」 「はぁ? 今週は忙しかったんでそんな気は──」 「──ないって言うなよ?」  牽制は低く、小さく、強く聞こえた。  俺はまだ揺れている。流されているだけではないのか、ただの戯れなのではないか、と。そうさせているのは紛れもなく彼だ。だがすぐに否定の返事が出来なかったのは、俺の迷い。 「……なくは、ない、ような……」  迷いのままの返事にトールさんは一瞬、跳ねた。 「あっは、やばい。それだけで嬉しいとかさ」  耳元で喜ぶのは卑怯だ。やばいやばいと口にするのは簡単で、つい出てしまう言葉のはずなのに、こういう時でさえこう思う。やばい、と。  もう観念すべきか。このやり取りも長続きしないと悟った俺は、ちゃんと話し出した。 「……一度、ちゃんと話したいとは、思ってました、よ」 「うん。俺も」  同じかと思ったが、違う。トールさんは待っていた。連絡どうこうではなく、俺が言える、言おうとするその時まで。その時は、今だ。  きっとあの日だけで俺という成りを見透かされている事だろう。今日も必然ではなく偶然なのだろう。  この人はふざけているようで、ふざけていない人だ。

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